第209話 苦肉の策(5)
――あぁぁ! 嫌だ! 嫌だ! ああいう格闘バカは何考えているか本当に分からん!
くそ!
ハトネンは、手を振った。
それを合図として、魔物たちが一斉に一之祐に襲い掛かった。
魔物たちが勢いよく駆ける。
牙をむき出し、ひた走る。
黒い群れが、一之祐との距離をみるみると詰めていく。
無数の牙が、一之祐に届こうとした。
「開血解放!」
その言葉と共に発せられた白い一閃が、黒い群れを切り裂いた。
魔物の群れが動きを止めた。
その刹那、一斉に魔物の群れから魔血が噴き上がる。
それは、まるでイグアス滝が逆流するかのように。
一之祐を中心とした大きな半円内の魔物たちが一斉に吹き飛んだのだ。
それは、もう壮観と言うしかほかなかった。
ニヤリとわらう一之祐の手には、白く輝く一振りの剣が握られていた。
その剣の名は、『白竜の剣』
こことは別の世界にいたという竜の中でも最も強かった白竜。
その白竜の牙を削り出して、鍛え上げたのがこの白竜の剣である。
しかも、その剣は、権蔵の手によって、対となる白竜の牙をさらに、第一世代の融合加工で融合し、そのうえ、固有融合まで行っている。
ハッキリ言って、この世界最強の剣と言っても過言ではない業物である。
しかし、一之祐の体は元の人間の体のままである。開血解放をしたのは剣のみであった。
一之祐は、魔装騎兵を好まない。
しかし、好まない理由は、エメラルダやクロトとは異なる。
単純に、戦いとは己の力と技、すなわち己の肉体のみで戦うべきと言う信念のためであった。
そのため、駐屯地の守備兵もまた、第五世代の魔装騎兵が少ない。
まさに、類は友を呼ぶである。
「くそ! 脳筋馬鹿が!」
ハトネンは怒鳴る。
もう一度ダイスを投げる。しかしダイスの目は2。
やはり嫌な予感しかしない。
しかし、一之祐は一人である。それは、厳然たる事実。
「とにかく! 押しつぶせ!」
魔物たちが一斉に襲い掛かる。
一之祐はハトネンに向かってゆっくりと歩を進める。
とびかかる魔物たち。
それを、まるでハエでも払うかのように、一之祐の剣が振られる。
その都度、血しぶきが舞い散った。
一之祐は、何事もないかのように魔物群れの中を歩き続ける。
まるで、ススキの野原を棒で払いながら、歩く悪ガキのように。
ハトネンの前まで歩き進んだ一之祐が、白竜の剣を頭上に思いっきり振り上げた。
「我が曇天を払いし、その心意気! しかと、了知した! 我が名は第七の騎士一之祐、身命賭して、いざ! 参る!」
先程とは打って変わった憤怒の表情。
剣が渾身の力を込めて振り下ろされる。
その瞬間、剣先から光の火花が舞い散った。
ハトネンが、騎士の盾を発動させたのだ。
「くそ、このバカ野郎が! こっちには騎士の盾があるのが分かっているだろうが!」
「やかましい! がたがた言ってんじゃねぇ!」
鋭い白刃の連撃が、光の壁を襲いまくる。
そのたびに周囲に光の花を撒き散らす。
――少しでも、お前たちの力になれるというのなら、いくらでもこの剣を振ってやるよ!
微動だにしない騎士の盾
しかし、騎士の盾を展開するだけで、精いっぱいのハトネンは、魔物たちに命じた。
「このバカをさっさと始末しろ!」
魔物たちが、上から下からと四方八方より一之祐に突っ込んだ。
一之祐の動きが変わる。
「じゃまをするなぁあっぁぁぁ!」
眼前の光の壁だけに向けられていた白刃の軌道が、一之祐の足を中心とした球へと変化した。
一之祐の動きは、まるで舞を踊るかのようである。しかし、その鮮やかな動きとは異なり、球の中心の一之祐の表情はまさに鬼の形相である。
――お前たちだけを死なせるわけにはいかねぇ!
白刃の球の周りには、おびただしい血が飛び散っていく。
魔物たちは、まるで、ミキサーの刃に自ら飛び込んでいくかのように、次々と切り刻まれた。
それを目の前にしながらハトネンもまた動かない。
いや、動けないのだ。
白竜の剣撃は、いまだにハトネンの騎士の盾を襲い続けていたのである。
そう、一之祐の白き斬撃の球体は、ハトネンの騎士の盾を刻み続けていた。
発動し続ける騎士の盾が、火花と悲鳴を上げ続ける。
「こんな無駄なことを、いつまで続けるつもりだ!」
「いつまでもやってやるよ!」
「馬鹿か! お前にも限界と言うものがあるだろうが!」
「限界、そんなのはな、俺が死んだ時が限界なんだよ!」
――絶対に死なせねぇ! その前に削って!削って!削り切ってやるよ!
うおぉぉぉっぉぉぉぉぉ!
一之祐の剣速が上がった。
――くそ! このまま騎士の盾を張り続けると、神民の生気を無駄に使ってしまう。
その瞬間、ハトネンは背筋が凍り付く気がした。
――もしかして……それが狙いなのか!
騎士の盾は、神民の生気を消費して展開される。
騎士の盾を張り続け、攻撃に耐え続けるということは、それだけ神民魔人たちの生気を消費するということを意味する。
すなわち、神民魔人の弱体化。
それどころか、使いすぎれば神民魔人の死すらあり得る。
一撃一撃に魂を込めた一之祐の剣圧である。それを防ぐためにはどれだけの神民達の生気を要するのであろうか?
それが、連続で休みなく続いているのだ。
ハトネンの頬を一筋の冷たい汗がつたい落ちた。
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