第532話 落ちた!

「どうや!  座久夜さくや! これがうちの誘惑チャームの実力や!」

「なにが誘惑チャームや! しょうもな! 神の恩恵で足舐めさせとるだけやないか」


 誘惑に落ちたタカトが舌を出していた。

 へっ! へっ! へっ!

 まるで犬のようなタカトがペンハーンのスカートにまとわりつき、その太ももに頬をこすりつけている。

 これではマシュマロクッシュンにじゃれつく子犬である。

 いや、子犬ならまだかわいげがある……タカトだと、見苦しい上に暑苦しい。


 そんなタカトを侮蔑の視線で見下す座久夜さくやは怒鳴った。

「貴様にはプライドと言うものがないのか!」


 残念!


 座久夜さくや様は知らないかもしれないが、きっとタカト君はプライドと言うものは持っていないだろう。

 タカトが持っているのはヤーとライバー。

 そのポケットには、ホコリは詰まってないが工具はたんまりと詰まっている。

 あっ! あと食べくさしのお菓子とかもね。


 そんなポケットに入った工具が、先ほどからペンハーンのすねを何度も小突いていた。

「イテテテテ! 痛いと言っとるねん! このガキ!」

 タカトを押しのけようとするペンハーンの手に必死にすがりつこうとするタカトの指先。


 引っ付いては離れ……

 引っ付いては離れ……


 何度も何度も握り合っているうちに、互いの気持ちが通じ合う。

 いやいや、通じ合ったのは気持ちではなく気持ち悪い香りの方。

 タカトの指先についたウ●コの香りは、ペンハーンの指先にも乗り移る。

 これで、二人は旧知の仲ならぬウ●チの仲。


「イテテテテ……」

 ペンハーンにすがりつくタカトの黒髪が、いきなり背後からつかみあげられた。

 徐々にタカトの足先が地面に別れを告げていく。


「貴様! 貴様はそんなに肉の塊がいいのか!」


 座久夜さくやによって掴みあげられた髪の毛をねじり、タカトはゆっくりと背後を伺った。

 そこには立派なスイカが二つ……


 ――俺は……

 ――俺は……


 とたん、誘惑チャームという鎖を引きちぎるかように激しく抗いだすタカトの体。


 ――俺は……


 タカトの毛根がブチブチと嫌な音を立てていく。


 ――俺は……


 だが、Mの世界線に到達したタカトには、全く痛みは走らない。

 いや、それどころか快楽の笑顔すら浮かべているではないか。


「俺は! 豚肉よりもスイカの方がすきだぁぁぁぁっぁぁ!」


 遂に、タカトの頭は目の前のスイカ畑に飛び込んだ。

 座久夜さくやの手に一握りの黒い髪の毛を残して。


「スイカ様ぁァァァァっぁ!」

 今だ目がピンクのハートになっているタカト君。

 幸せそうに座久夜さくやの大きな胸に顔をうずめたのである。


「スイカ様ぁ! おっぱい揉ませてくださぁぁぁぁぁい!」

 タカトの手がたわわなスイカを、揉……

「この! 痴れ者がァァァァ!」


 ボコぉぉっ!


 座久夜さくやの脇を締めた強烈な右フックがタカトの顎をえぐるように直撃していた。


 白きヨダレをまき散らし吹き飛ぶタカト。

 その目からは黒き瞳の色が消えていた。


 あわててスイカ畑から飛び立つ黒いカラスさながら、勢いよく飛んでいくタカトの頭。

 その先には一本足打法から狂ったようにハリセンを振りぬくビン子の姿があった。

「このバカぁァァァァァァ!」

 ビシっ!

 ハリセンの白き軌道は、ボールの真芯を確実に打ち抜いていた。


 フンごぉぉぉぉぉ!


 クリーンヒット!

 これは痛烈なあたりだぁぁァァ!

 鋭い打球はショートへのライナー!

 だが、呆然とするショートは反応できない!


 うごっ!


 レーザービームのように一直線に飛んだタカトの頭は、ペンハーンの顔面を直撃していた。

 ボーリングのピンさながら赤き鼻血をまき散らしはじけ飛ぶペンハーンとタカト。

 二人の体がゆっくりと地面に落ちていく。

 まるで、スローモーションのように落ちていく。


 落ちるのか……


 落ちるのか……


 落ちた! 落ちた! 地面に落ちたァァァァ!

 サヨナラ! サヨナラ負けぇぇぇぇ!


 今の二人は、きっと三途の川と言う名のマウンドで泣きながら土を袋に詰めていることだろう。


「アホかぁァァ! 土などないわぁぁァァ!」

「土はどこやねん!」

 三途の川べりで叫ぶタカトとペンハーン。


 そんな二人に向かって三途の川の番人である奪衣婆が怒鳴っていた。

「コラぁァァ! 働け! 黙って働け! この袋、全ていっぱいにせん限り帰さんからな!」

 奪衣婆の背後には無数に積み上げられた土嚢袋。

 喜々としてスコップを振り上げる奪衣婆の顔は先ほどタカトが出会った時よりも若々しい。

 と言っても、所詮は老婆の鬼。

 はだけた胸元から見える谷間らしきものはくしゃくしゃにしおれ、ザラザラの肌をあらわにしていた。


 あっ! そう言われれば、三途の川の周りはザラザラの砂利ばかりでしっとりとした土などはなかなか見えなかったかも……

 これでは当分二人は、こっちの世界に帰ってこれそうにないですな……

 わはははは


 一般街の道の上で無様に転がるペンハーンとタカト。

 うつぶせで転がるその姿は二匹の芋虫。

 地面に伸びた二人の手がまるで芋虫の頭部から突き出された角のように、ウ●コのような悪臭を放っていた。


 そんなペンハーンの突き上げられたケツの上に足をのせ、腰に手をやる座久夜さくや様は、超偉そう!


「今日も、ワテの勝ちやな! ペンハーン!」

 ワっハっハっ!


 そんな座久夜さくや様の横でも

 ワっハっハっ!

「今日も、私の勝ちだね! 変態タカト!」

 タカトの突き上げられたケツの上に足をのせ、腰に手をやるビン子さま。


 二人の高笑いが通りに響く。

 ワっハっハっ!


 って……なんで、ビン子、お前もやねんwww


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