第228話 湯煙騒乱(2)

 人魔収容所の貯蔵室は、しーんと静まり返っていた。

 時折、誰かが動くのか、こすれる小さな物音が、やけに大きく聞こえてくる。

 牢の中に入れられた人間たちはあきらめ、言葉を発することもしなくなっていた。


 牢の中は4畳ほどの白い床が、その中を清潔に保つかのように檻の外の通路の光を反射する。

 その白い床の上に二つのベッドが、左右の壁に接するように並べられていた。

 奥には、むき出しのトイレ。

 その全てが白く、清潔である。


 コウスケとピンクのオッサンことカレエーナがベッドに腰を下ろし、向かい合っていた。

 コウスケは、着ぐるみをぬぎ、側に置く。

 着ぐるみを脱いだ後は、下着のみ。

 下着姿のコウスケは、抱えた足に額をつけてうずくまっていた。


 どうしてこんなことになったのだろう。

 ただ単に、タカトを驚かそうと思っただけなのに。


 ドッキリといえば深夜だろ。

 病室のドア越しにそっとそのドアを爪で掻く。

 ゆっくりと開いたドアからのぞきこむ怪獣の姿。

 当然、タカトは絶叫するはずだった。


 悲鳴を上げるタカトが見れればそれでよかったはずなのだ。

 確かに深夜、こんな着ぐるみを着て神民街を走り回っていれば不審者だ。

 だが、こんな時に限って人魔と遭遇するとはついていない。

 それでも、いきなり人魔収容所は無いだろう。

 ココから出たら、セレスティーノ様に言いつけてやる。

 セレスティーノ様に言って、この人魔収容所なんて潰してやる。


 ……でも、でも、俺、ココから出られるのかな……

 俺、タカトともう一度会えるのかな……

 もう一度、一緒に笑うことができるのかな……

 タカト会いたいよ……


「ううぅぅう……タカト……」


「あら、その声は恋する乙女の声ね」

 カレエーナが自分の顔をか鏡で見ながら声をかけた。

 コウスケは、ビクッと肩を揺らすも、何も答えない。

 ため息をつくカレエーナ。

 一人でつぶやく。

「コウズケ君。あなた、その子のこと、好きなのね」

 コウスケはやはり黙ったままである。

 タカトの名前を呟いたのが恥ずかしかったのだろうか。

 それとも、恋する乙女と言われたのが傷ついたのであろうか。


 カレエーナは鏡で自分が作った笑顔を確認している。


 コウスケは、やっと、ぼそっと呟いた。

「……別に好きとかじゃないですから……」

 自分に言い聞かせるかのように、小さく呟く。


「あら、そうなの……ごめんね」

「いや……いいです」

「でもね、こんな状況で、その人の名前が出るってことは、それは、きっとあなたの心の一部なのよ」

 ドキっとするコウスケは、顔を赤くする。

 そして、立てた膝に顔をうずめた。


 俺は、タカトの事が好きなのか?

 いやいや、そんなことがあるはずがない。俺はビン子さん命と決めたはずだ。

 では、なぜ、俺はビン子さんの名前ではなくタカトの名前を呟いたんだ……


「大体、タカトは男だし……」

「別に男の子だからって、男の子を好きになっちゃいけないってことはないのよ」


 また、コウスケは黙り込んでしまった。

 これ以上、何かしゃべると墓穴を掘りそうだ。

 カレエーナは、気にせずに続ける。


「愛は、男と女でなくても構わないのよ」

 口角を上げたり下げたり忙しい。

 フェイストレーニングが日課なのか。

 鏡を見ながら不気味な笑みを浮かべている。


「憧れ、尊敬、友情、それらも根底にあるのは愛なのよ」


 ハッと気づくコウスケ。

 俺は、タカトにどんな気持ちを抱いていたというのだろうか。

 ビン子さんがそばに居続けるという、妬み、ひがみなのか。

 いや違う。

 タカトの道具作りにかける情熱に憧れていたのか。

 確かにそれは無いとは言えない。

 タカトと道具作りを競っている間は、自分も夢中になれた。

 そして、あのタカトに勝った時の高揚感。

 一つの目標をクリアーしたかのような満足感があった。

 やはり、道具作りの友なのか。

 いや……やはり、それだけではない。

 自分は、神民学校の教室ではムードメーカーだ。

 これは自分でも自覚している。

 教室では自分を中心に笑顔が広がっている。

 俺のことを笑って、みんながハッピーになっている。

 だけど……

 俺の幸せはどこにある。

 俺の笑顔は、本当にそこにあるのか?

 みんな、俺の笑顔を喜ぶけれど、俺を笑顔にしようとしない。

 でも、タカトは違う。

 アイツの目線は常に俺と同じ。

 アイツが俺を笑えば、俺もアイツを笑う。

 タカトがいたから俺は、笑顔になれたんだ……

 俺は、タカトの笑顔が好きだったんだ……


「あら、何か気づいたようね」

 コウスケは膝にうずめた頭でうなずいた。

 うずめた頭から嗚咽が漏れる。

 膝と膝の間に涙と鼻水が流れ落ちていた。


「恥ずかしがることはないは、あなたはあなた。どうどうと、自分の気持ちに素直になればいいの」

 カレエーナは、鏡を見ながら、鼻の穴に指を突っ込んでいる。

 どうやら、一本の鼻毛が気になっているようである。

 何度も中指と親指の爪で、鼻毛を抜こうとあがいているが、うまくいかない。

 テヤ!

 遂に、目的の鼻毛が抜けたようである。

「こう見えても私、自分の気持ちをぶつけまくっているのよ」

 こう見えてもって……逞しい以外に見えないのですが、いや、不気味、おどろおどろしい。まだ、こんな表現が残っているか。


「コウズケくんが、ゼレスディーノ様の神民なら、私の家族みたいなもの。いや、そのうちゼレスディーノ様と結ばれるのだから、私にとっては我が子同然。だから、私は、あなたの恋を全力で応援するわ!」


「ありがとうございます! 師匠!」


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