第377話 半魔の犬(3)

 ――クソ! せめて、このガキだけでも血祭だ!

 ネコミミオッサンは、ナイフをタカトに振り下ろす。

清浄寂滅扇しょうじょうじゃくめつせん!」

 大きな声と共に、オッサンの頭上にビン子の体が舞い上がる。

 エメラルダが作ってくれたほんのわずかな隙!

 このチャンスを逃すものかと言わんばかりに、ハリセンを上段に掲げたその体が、弓の様に反り返る。

 シャツが作る隙間から可愛いおヘソが、勢いよく落下する。

 引き絞られたその体の反動を使って、両の手に持つハリセンが一気にオッサンの頭上に叩き落ちた。

 ビシッ!

 ビン子の体が吹っ飛んだ!

 タカトと違ってネコミミオッサンは暗殺者。

 オッサンの腕が、天から落ちてくるビン子の体を薙ぎ払ったのである。

 うごぉおお!

 悲鳴が上がった。

 ビン子ちゃん……うごぉおおって、オッサンじゃあるまいし!

 って、この野太い声……オッサンじゃん!

 そう、今度はネコミミオッサンが、悲鳴を上げたのだ。

 股間を押さえ前かがみで、悲痛な表情を浮かべている。

 「ふっ! 決まった! 俺の必殺技ザ・セカンド! 煩悩退散キンタマパンチ!」

 そう、タカトの腕に巻き付いていたタマが、地面に飛び降りると勢いよく跳ねた。

 そのタマの頭突きがオッサンの股間をクリーンヒット。

 あれ? これって……タカト君のパンチではなくて、タマの攻撃ですよね?

 というか、タマの頭突きって、どこが頭やねん! 全体タダの丸い塊やん!

 いやいや、それより、煩悩沢山なのは、オッサンではなくタカト君のような気がするのですが、気のせいでしょうかねぇ? 

 もう、突っ込みどころが多すぎて、突っ込みが追いつかない。


 「ビン子、大丈夫か!」

 タカトは、ビン子のもとへと駆け寄った。

 そして、ビン子を抱き寄せる。


 エメラルダもまた、タカトもとへと駆けつけた。

 そして、半魔の犬からタカトたちを守るかのように犬をにらみ身構える。

 急いでビン子が、エメラルダを制した。

「この子は大丈夫」

 釈然としないエメラルダはビン子の顔を伺った。

 だが、その表情は嘘を言っているようには見えない。

 犬もまた尻尾を嬉しそうに振っている。


 ビン子は、半魔の犬の顔に手を添える。

「あなた、この前の子犬ね。ありがとう」

 それにこたえるかのように、半魔の犬は、ビン子の顔をぺろぺろとなめた。


「なに! この犬、あの豚と戦った時の犬コロか?」

 タカトは驚き、犬を見た。

 というのも、ビン子は子犬と言うが、どう見ても子犬ではないのだ……

 既にあの母犬の大きさをはるかに超えている。

 しかも、並みのオオカミ以上の大きさになっているのだ。

 どう考えても、この短時間でここまで大きくなることは不可能だ。

 やはり『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』の影響に違いないのだ。

 そう、ビン子のオッパイは大きくできなくとも、半魔の犬は巨大にできるのだ。

 ある意味スゴイ……ビン子はやはり迷コックだった。


 半魔の犬は、タカトの顔を見上げると、片足を上げた。

「汚ねぇ!」

 タカトはとっさに飛びのいた。

 そう、半魔の犬は、タカトに向かって、ションベンを飛ばしていたのだ。

「このボケ犬! 何しやがる! 汚ねぇだろうが!」

 タカトは半魔の犬に飛びかかろうとした。

「ちょっとやめてよ!」

 ビン子がタカトを制止する。

「この子、お前が不甲斐ないからこんなことになったんだって言ってるよ!」

「俺のどこが不甲斐ないンダぁァァあ! このボケ犬ぅ!」

 下唇を突き上げるタカトが半魔の犬をにらみ中指を立てた。

 犬もまた、負けじとタカトをにらみつけている。

 まるで猿と犬。まさしく犬猿の仲である。


「えっ? なにワンちゃん……この弱虫野郎! 豚の時、漏らしてただろうが! って、えっ! タカト、あの時、漏らしてたの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る