第554話 お年はいくつ?

 この歌声はアイナちゃんの歌声に違いない……


 だが、超貧乏のタカト君。

 当然、今までアイナの歌声など間近で聞いたことはなかったのである。

 いつも聞くのは遠くから聞こえてくる歌声のみ。

 だがその透き通るような歌声はまさしく、アイナそのもの。

 と、なぜか分からないがかなり確信しているようであった。

 まぁ、女の子が歌っている歌詞がアイナちゃんの歌の歌詞だったからっていうのもあるんだけどね……


 タカトの体中の細胞という細胞が、次々と感嘆の声を上げていく。

 ビン子の美声に慣れていたタカトでさえ、感銘を受けるその歌声。

 だが、そんな美声なのにもかかわらず、不思議なことにその女の子の周りには全く人が集まっていなかったのだ。

 ただただポツンと女の子が一人屋根の上で歌っているだけなのである。


「すごいね……お兄ちゃん……あれが、トップアイドルなの……」

 タカトのズボンを掴む真音子の手がかすかに震えているのが分かった。

「あぁ……あれがトップアイドルってやつだ……」

 生唾を呑み込むタカトもまたやっとのことで声を絞り出す。


 幼女の真音子ですら感動する歌声なのに、駐屯地の人々は素知らぬ顔をして通り過ぎていくばかり。

 それどころか、いやなものを見るかのようにちらりと見ては目をそらしていた。


 タカトもまた、違和感を覚えた。

 アイナちゃんなのに、アイナちゃんじゃないような……


 そう、歌う女の子は普通の女の子ではなかったのだ。

 ぴくぴくと揺れる猫の耳。

 猫耳は猫耳だが、レモノワの刺客である猫耳のおっさんのように作り物のカチューシャではない。

 紛れもない本当の猫耳がその女の子の頭にはついていた。

 そう、彼女は第三世代。

 魔物の組織を融合加工され、魔血によって覚醒する者であった。


 女の子は静かに空を見上げて手を伸ばす。

 流れる長い髪がまるで空に旋律を描くかのようにたなびいていた。

 遂に歌声が閉じていく。

 余韻を残しながら閉じていく。

 青き空に吸い込まれていくかのようにスッと消えていった。


 タカトの耳には、また乾いた砂漠の風の音が戻ってきていた。


 終わるとともにタカトたち三人はその建物の下に駆け寄っては懸命に拍手をする。

「凄い! 凄いよ! おねぇちゃん!」

 真音子は今まで聞いたことがない歌声に興奮を隠せない様子。


「すごく素敵だったよ!」

 ビン子も、蘭菊以来に聞く美しい音色に感動を覚えていた。


 そして、タカトも興奮を隠せない。

「アイナ! アイナちゃんだろ! 君の名はアイナっていうだろ!」


 いきなり現れた観客三人にびっくりした様子の女の子。

 だが、すぐにその顔は笑顔に変わると屋根からポンと飛び降りた。


 そんな女の子にタカトが駆け寄って手を握る。

「ねぇ! 君の名前はアイナっていうんだろ! 俺、君のファンなんんだ!」

 これ見て! と言わんばかりにティシャツに印刷されたアイナちゃんのプリントを引き延ばす。

 着つくされたそのティシャツのプリントの表面はボロボロで色も変色していた。

 アイドルと言うより三途の川の奪衣婆の方が似ているぐらいである。


 それにはさすがに、女の子も少々ひきつった表情を浮かべた。


 そんな、女の子に同情したのかビン子が尋ねる。

「あなたの名前は?」

「えっ? 私の名前はアイナよ。私の事知っているじゃなかったの?」


 それを聞いたタカト君の興奮度はマックス!

「やっぱり! アイナちゃんだ!」

 さっと膝をつき、執事のように首を垂れるタカト君。

「わたくしめはタカトと申します! アイナちゃん親衛隊の補欠の補欠要員1021番!」

 まぁ、ファンクラブに入るだけの金がないので、補欠の補欠は仕方ない。

 そういうなり、タカトは自分のシャツを引き延ばす。

「サインください!」


 そんなタカトの横で一人不思議そうに首をかしげるビン子。

 確かに彼女はアイナと名乗った。

 その雰囲気、タカトの時代のアイナそっくりなのである。

 だから、そんなアイナを見て、タカトが興奮するのはうなずける。

 だが、ビン子にはちょっとした違和感があった。

 それは、貧乳のビン子だから感じる違和感。

 貧乳のビン子は、本能的に人間メジャーと化すことができたのだ。

 瞬時に、相手のスリーサイズを測定し、敵と味方をより分ける。

 そうそれは、巨乳であればあるほど正確に、ミリ単位まで測定するのである!

 そして、目の前のアイナは巨乳なのだ!

 奴は敵!

 紛れもなく敵なのだ。

 確かに、巨乳を持つ敵なのだが……

 以前タカトが第六の元守備隊長ギリーからもらったハイレグ写真集のスリーサイズとどれも一致しないのである。

 ――あれ? おかしいな……

 目をゴシゴシとこすって、何度も見ても、やっぱり合わない。

 写真集のアイナの方が、目の前のアイナより数ミリだけ胸が大きいのだ。

 ――うーん、この後、成長したとかかな?

 いやいや、数ミリなんて、牛乳飲んだら変わるでしょ。


 そんな指を広げて何度もアイナを目測するビン子に真音子が声をかけた。

「お姉ちゃん……何してるの?」

「いや……アイナチャンのサイズをね……」

「もしかして、お姉ちゃんって見るだけでスリーサイズが測れるの?」

「まぁ、胸の大きな女の人だけだけどねwww」

「まるで、人間メジャーみたいだね」

 この瞬間、ビン子の二つ名に人間メジャーが加わったのだ。


 タカトの必死な様子を見るアイナはプッと噴き出した。

「まるでなんだか私、アイドルみたいな扱いね」

 そういうアイナは、まんざらいやそうではない。

 というか、かなりうれしそうなご様子である。


「何をおっしゃいます! アイナちゃん! あなたはこの国一番のトップアイドルでございます!」

 タカトは口から唾を飛ばしながら大声をはり上げた。

 もう、必死!


 それをみて、ついにお腹を抱えて笑いだすアイナ。

「またまたなんの冗談、私は第三世代の融合人間だよ! この耳だって猫の魔物の耳を移植されたもの。私は戦う道具であって、アイドルなんかじゃないよぉ」

「えっ⁉」

 固まるタカト。


「ちなみに聞きますが……アイナちゃん、お年はいくつ?」

 ビン子がタカトの腕を肘で押す。

「女の子に年なんて聞くもんじゃないわよ!」


「別にいいわよ。16よ」

「16才……このチビ真音子の年齢から考えると、この世界は俺たちのいた世界より12・3年ほど昔の世界……」


 タカトが両の手を指を折りながら何かを計算し始めた。


「今が16歳という事なら、13年を加算すると俺たちの世界にいたアイナちゃんは29歳以上のアラサーという事なる……が、あの姿はどう考えても、俺たちと同じ16歳ぐらいにしか見えない……」


 という事は……


「アイナちゃん、ちなみに不老不死の騎士だったりする?」

「そんな訳ないじゃない。騎士だったら、フィールド内の村なんかに住んでいなかったわよ」

「えっ! もしかして、襲われた村の生き残りってアイナちゃん?」

 辛そうな顔をするアイナは小さくうなずいた。

「私を含め数人だけが生き残ったの……」


「お前らか!」

 突然、タカトたちの背後から大きな男の声が響いた。

「ガンエンから、ワシの身内が来ておると聞いておったから待っておったのに何を道草くっとんじゃぁ! これでも、わしは忙しいんじゃぞ! このドアホが!」

 反射的に頭を抱えたタカトは、恐る恐る背後を振り返る。

 そこにはなんだかいつも通りイライラした権蔵の姿があった。

 でも……若い……

「で……お前ら誰?」

 権蔵は、タカトたちを見るなり不思議そうに頭をかきだした。

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