第555話 チミには期待してないよ!


 工房内の椅子に足を組みながら座る権蔵が先ほどからタカトとビン子を睨みつけていた。

 その剣幕のせいか、チビ真音子は早々に工房内から逃げ出した様子である。


「という事は、お前らは未来から来たというのか……」

「そうだよ爺ちゃん!」

「誰がジジイじゃ!」

「じいちゃんは爺ちゃんだろうが!」

「わしはこれでもまだ60じゃ!」

 若い……

 瞬間、タカトとビン子は同じことを思っていたことだろう。


「だから、俺たちは十数年後じいちゃんに拾われるの! そして、ちゃんと覚えておけよ! その子供達が悪さをしても怒るなよ!」

「ははは! そんな未来の事など覚えてられるか! 自慢じゃないが、わしは、今日食べた朝ごはんすら覚えておらん! 子供の顔など全部へのへのもへじにしか見えんわ!」

「そんなの自慢になるか!」

 タカトのつばが、権蔵の顔に飛び散った。


 権蔵は顔についた唾をぬぐい取ろうと汚い手拭いで顔を拭く。

 だが、唾はとれたものの権蔵の顔は、先ほどよりも黒く汚れていた。

「だが、わしは道具作りは自信があるぞ! お前も未来のわしに拾われたというのなら道具の一つでも作れるじゃろうが。持っているんだろ道具の一つや二つ」

 タカトを睨みつける厳しい瞳。

 その黒い顔に白い歯がにやりと笑う。


 この言葉を待ってましたと言わんばかりにタカトはフフフと笑みをうかべた。

 そして、腰の携えていた小剣をすらりと抜きさる。

「これは爺ちゃんが俺にくれた小剣だ」

 そういえば、こいつ小剣持っていたわ……どうやら、タカト自身も今思い出したようである。


 その小剣を手に取って光にかざす権蔵。

 その眼光は先ほど以上に鋭さを増していた。

「ほほう……この第一世代の小剣は、重ね融合、いや、まて……固有融合までしておるのか……お前の話が本当かどうかは分からんが、融合加工の腕が確かな師匠がおることは間違いないのぉ」


 それ見たことか!

 タカトの笑みは最高潮。

 いやらしく笑うタカトはビン子からカバンをひったくると道具を次々と取り出した。

「そして、これらが俺の作った道具たちだ! どうだ!」


「……なんじゃこれ?」

 先ほどの小剣を見た後に、タカトの道具を見た権蔵はきつねに包まれたような表情になっていた。


「聞いて驚け! これは『女医棒にょいぼう』! 女医じょいのスカートをめくる道具だ!」


 ……

 それを聞く権蔵の目が点になっている。


「これは、『美女の香りにむせカエル』! 美女が発する特有のにおいをかぎ分け発見すると、このカエルがないて、その方向を知らせてくれるのだ!」


 ……

 すでに権蔵は、真っ白になっていた。

 ――こいつは一体何を言っとんじゃ……

 権蔵の思考がぐるぐると回る。

 ――こいつの話が真実なら、わしがこいつにこんな道具を教えたという事になるのか?

 そんなことはあり得ない。

 断じてあり得ない!

 という事で、こいつの言っていることはハッタリということじゃ!


「でもって、これが『恋バナナの耳』! これを耳につけると、遠くにいる女の子の恋の話を盗み聞きすることができるのだ」

 そういい終わるとタカトは権蔵の耳に無理やり『恋バナナの耳』を押し当てた。


 しかし権蔵の耳に聞こえてきたのは、はかない美女のため息ではなく、クッサそうなぼやくオッサンのため息だった。


「はぁ……」

『恋バナナの耳』から聞こえてくるオッサンの声はどうしたものかと悩んでいるようである。


「しかし、アルダインにも困ったものだね……第二の騎士の後釜にあのケテレツをつけようとするとは……そんなことにでもなれば、人の命がおもちゃのように壊れていってしまうよ」


 ――この声は!

 とっさに権蔵は『恋バナナの耳』を自分の耳に押し付けた。


 そう、その声は第八の騎士モーブのもの。

 会話の様子からモーブがなにか相談事をしていることは間違いないようである。

 だが、モーブ以外の声が聞こえない。

 おそらく、その場には騎士である一之祐とエメラルダがいると思われるのだが、拾ってくる声はオッサンの声ばかり……

 そのため、何を相談しているのか権蔵にはよく分からなかった。


 ちょうどそのころ、離れた一之祐の部屋では、当の一之祐とモーブ、そしてエメラルダの三騎士がソファーの前の低いテーブルを囲み相談事をしている最中だった。


 ソファーにたいぎそうにふんぞり返っているモーブは、ため息交じりにつぶやいた。

 そんなモーブを睨む一之祐は壁にもたれて腕を組む。

「で、我らは、それに逆らってクロトを推薦するという事でいいのか?」

 どうやら第二の騎士交代に関して次期騎士候補を誰にするかを選んでいるようである。


 モーブからの返答をまたずに一之祐がさらに質問を重ねた。

「だが、モーブ! 王に推薦するにしても最低四人の推薦がないと勝てないのではないのか? アルダインが残り三人抑えるとアルダイン側が四人となって、奴の推薦が王に通ってしまうぞ!」


 背もたれで反り返るモーブが部屋の天井をため息交じりで見上げている。

「そうなんだよね……第三騎士レモノワ=キラーと第四騎士ガストン=ボスティックは完全にアルダイン側、鍵を握る最後の一人が第五騎士アグネス = ハイトラーちゃんなんだよね……」


 それを聞く一之祐。

「アグネスか……なら、簡単ではないか、あの女は、何者にも屈しない信念の持ち主だろ」


「そうなんだよ……簡単にアルダインになびくわけはないんだが、だけど逆に、こちらにもなびかんわけだよ……分かるかな一之祐くん……」

「そこを何とかするのが、アンタの使命だろ! モーブ!」


「それができれば世話ないよ……下手に動いてアグネスちゃんの機嫌でも損ねた日には目も当てられん……機嫌を損ねた女ほど始末に悪いものはないからね……」

「なら、どうするんだよ!」


「だから、チミたちに集まってもらったんじゃないか! なんか、いい知恵ないのぉ?」

「馬鹿か! 俺は女の事など知らん!」


「だよねぇ~だから、一之祐くん、チミには期待してないよ! と言うことで、エメラルダちゃん、何とかならんかなぁ~」


 その話を黙って聞いていたエメラルダ。

 少し間をおいて口を開いた。

「モーブ様、心配しなくても大丈夫だと思いますよ……」


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