第556話 どういう男が好みなの?

 その言葉を聞いたモーブは、嬉々としながらバッと体を起こした。

「さっすがはエメラルダちゃん! ボクの嫁!」

「モーブ様の嫁になった記憶はございません!」


「えぇぇぇぇ! そうなのぉ~」

「そうです!」


「ならなら、エメラルダちゃん、今からボクの嫁にならない?」

「結構です!」


 モーブはついた肘に頭を乗せながらエメラルダをじーっと見ていた。

「ならさ、エメラルダちゃん……一体どういう男が好みなのよぉ?」

「えっ……そっ……それは……」

 顔を赤らめて下を向くエメラルダ。


 その様子を見たモーブの顔がどんどんと意地悪そうな笑みを強めていく。

「いいから言っちゃいなって! もしかしてイケメン?」

「まぁ……イケメンに越したことはないですけど……」


「けど……?」

「やっぱり芯があって優しくて、いざっていう時には自分を捨てでも守ってくれる頼りがいのある人のほうがいいかなあって……」


 それを聞いたモーブはプッと噴き出した。

「って、騎士のエメラルダちゃんより頼りになる男なんてそうそういないでしょ!」

「そうですか?」


 そんなモーブはちらりと一之祐を見る。

「ふふん。そんな頼りがいのある男なんて一之祐ぐらいかなぁ~」


 それを聞いた途端、いきおいよく顔を上げるエメラルダ。

 その顔はマジで真っ赤そまり怒っている様子。

「モーブ様! 冗談はよしてください! 一之祐なんてあり得ませんから! アイツには女の子にかける優しさなんてひとッかけらも持ち合わせていませんから!」


「それはすまんな!」

 相変わらず腕を組んで壁にもたれている一之祐がエメラルダを冷たい目で睨みつけていた。


 プイと横を向くエメラルダ。

「女の子は自分の事を常に気にかけてくれる人の事が好きなんです!」


「馬鹿か! いちいち女の事など構ってられるか!」

「だから、あなたはモテないんですよぉ~」

 エメラルダは一之祐に向かってアッカンべーをきめこんだ。


 飽きれる一之祐は、はいそうですかと言わんばかりに話を元に戻そうとした。

「で、エメラルダ、先ほど、お前が言った心配しなくても大丈夫だとはどうい事だ」


 モーブも思い出したかのように手をたたく。

「そうそう、エメラルダちゃん、何かいい方法があるの?」


 エメラルダはニコニコと笑いながら答えた。

「いえ、何もないですけど!」


 その言葉にがっくりとするモーブの体が、ソファーからずり落ちた。

「え~ 何もないのぉ~」


「いえ、何もないというより、何もしないのが正解という事です」

「どういう事?」


「おそらく、アルダインもモーブ様と同じようにアグネスを取り込もうと考えているでしょう」


 目の前の机を指でコンコンと叩きながら頬杖をつくモーブ。

 既に目が死んでいる……

「そりゃ、そうだろうね……」


「でも、あのアグネスの事です。取り込もうとすればするほど反発して、アルダインの意に背くことになるでしょう」

「そうかもしれないけど……確証はないよね……しかも今、あのアルダインの横には聡明な秘書のネルちゃんがついているからね……どうかなぁ……」


 フフフと含み笑いをするエメラルダ

「モーブ様ご安心を! 私たちの切り札はクロト君自身です!」


「はい?」

 意味の分からないモーブはきょとんとエメラルダの顔を見つめた。


「クロト君は融合加工の技術にたけた天才!」

「それは……ケテレツも……」

 そんな事、分かっとるわいと言わんばかりのモーブは飽きれた表情を浮かべていた。


「クロト君とケテレツの決定的な違いお分かりですか!」

「さぁ?」

 そういい終わるとエメラルダは、いきなり勢い良く立ち上がった。


 その様子をキョトンと見上げるモーブ様。


「それは!」

「それは……?」

 モーブがごくりと唾をのみこんだ。


「クロト君はイケメンなのです!」

 ガッツポーズをとるエメラルダ。


 ガクっ!

「なんやそれ!」

 肘で支えられていたモーブの頭がズルリと手からすべり落ちた。

 ガシン!

 しかも勢いよく落ちた拍子にモーブの頭がテーブルを直撃!

 フゴォ!

 モーブの目がクラクラと回っていた。


「それが一体どう関係するというのだ……」

 仕方なさそうに一之祐がエメラルダに問いただした。


「えっ! 関係大ありよ! 女の子が選ぶならイケメンに決まっているでしょ!」

 キョトンとして答えるエメラルダ。


 それを聞いて一之祐は飽きれかえった。

「お前はそうかもしれないが、アグネスがそうだと決まったわけではなかろうが!」

「知らないんだぁ~」

 エメラルダは手を口に当てて意地悪そうにクスクスと笑う。


「あの子、私よりも面食いよ! だから、デブで醜い第五の魔人騎士シウボマの事が大っ嫌いなのよ」

「門の戦いに私情を持ち込んでいるのか……あの女……」

「それって重要なことじゃない? キーストーンを奪う動機として。あなたみたいにただ闘うことが面白いってだけの人よりいいと思いますけどぉ」

「ウムムム……」


 シャキーン! 復っ活~!

 それを聞いたモーブが嬉しそうな表情をうかべ姿勢を正した。

「ヨシ! ここはエメラルダちゃんの言葉を信じようではないか!」

 パシンと自分の膝をたたいた音が響いた。

 それは、まるでこの話がこれで終いと言わんばかりに小気味いい。


 それを聞くや否や一之祐の体が怒鳴り声をあげた。

「モーブ! それでいいのか! 事は第二の騎士の後継者の話だぞ! アルダイン側の人間がつけば、もう、アルダインを押さえることなどできなくなるのだぞ!」


 すでに我かんせずモードに入っているモーブは、湯呑に注がれた温かいお茶をすすった。

 その様子はまるで、日の当たる縁側にすわる達観したジジイのようである。

「なんかぬるいのぉ~ このお茶」

 仕方ない……仕方ないのだ……

 だって、この駐屯地の主である一之祐は猫舌。

 熱いお茶は苦手なのだ。


 モーブは一息つくとつぶやいた。

「一之祐くん、そんなことは分かってるって……」

「なら、ここはもっと真剣に……」


「だけどな、一之祐くん、おそらく、エメラルダちゃんの言っていることは大方合っている。あの醜いオッサンのケテレツをアグネスちゃんが選ぶわけはなかろう」

「弱みを握られることがあるかもしれないんだぞ」

「いやいや、考えてみなよ、あのアグネスちゃんだよ……あの信念の塊のような女だよ……人質などをとられたら「大義のために死ね!」とでも言って恐れずにアルダインの元に殴り込みに行っちゃうよ!」


「確かにそうだが……」

「だが、アグネスちゃんのことだ、逆に不細工と一緒に騎士をやるぐらいなら死を選びかねん! なら、クロト君の圧倒的勝利じゃないか! わははははっは」


「そ……そんな理由でいいのか……モーブ……」


「いいって! いいって! あっ! そうそう、一之祐、後でお前の白竜の剣を貸して頂戴!」

「あぁ……構わないが、だが今は権蔵に刃を研いでもらっているところだ」


「なら、それが終わったら勝手に借りるよ」

「一体、何に使うというのだ?」


「ひ・み・つ」

 いやらしい笑みを浮かべて笑うモーブ

 だが、おっさんがとるその子供らしいしぐさは、あまり気持ちのいいものではなかった。


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