第553話 アイナちゃん

 真音子が、ガンエンのズボンを引いた。

「ねぇねぇ、ガンエンさん」


 ガンエンは足元の真音子に目を落とした。

「おっ、これは金蔵様の娘御むすめごか」


 ガンエンを見上げる真音子。

「ねぇ、真音子の父様はどこ?」

「金蔵勤造きんぞうさまは、今、一之祐様の命令で、フィールドのはずれにある村に出かけておる」


 その言葉に驚くタカトは声を上げた。

「フィールドの中に村なんてあるのか?」


「うん? その少年たちは?」

 ガンエンはタカトとビン子を見ながら三人に尋ねた。


「えっ? こいつら、師匠知り合いじゃないのかよ!」

 コウセンが不思議そうに声を上げた。

「いや、知らんのぉ……」


 コウケンが口をはさむ。

「どうも権蔵さんの身内のようですが」

「権蔵のか? うーん、権蔵にそんな身内がおったという話は聞いとらんが……」


「というか、ガンエンのじいちゃん、フィールドの中に村があるなんて初耳だよ」

 タカトは、興味津々にガンエンに尋ねた。


「なんか、なれなれしい奴じゃの……まぁよいわ」

 ガンエンは、村の様子を話し始めた。

「その村はな、第三世代の融合手術を受けた人たちが住んでいる村じゃ」


 タカトはふと思ったことを口にした。

「そういえば、第三世代の融合手術を受けた人たちってあまり見ないよな……」

 ガンエンが、そこからかよと言わんばかりに仕方なさそうな顔を作っていた。

「それはな、第五世代の魔装騎兵の実践投入に際して、宰相アルダインから回収命令が出たからのぉ」

「回収?」

「まぁ、回収というより、人魔収容所への廃棄処分じゃな」


 その言葉を聞いたタカトは声を荒らげた。

「おいおい……融合手術を受けているといっても元は俺たちと同じ人間だろ」

 ガンエンはタカトの目をじっと睨みつけた。


「そうじゃな……もとは同じ人間じゃな。そんな人間が内地の人魔収容所に入れられれば、生きては帰って来れまいな」

「そんな話おかしいじゃないか! 今まで一緒に戦ってきた仲間なんだろ!」

「まぁ、第三世代になった元の人間は奴隷や一般国民だからな……今の神民からなる第五世代とは扱いが異なるのは仕方ないことよ」

「ガンエンのじいちゃん! 柄にもないこと言うなよ! 命に区別なんかできるのかよ!」


 大声を上げるタカトの目をじっと見つめるガンエン。

 コイツ……

 融合手術を受けた者たちを同じ人間というのか……

 こいつもまた、一之祐様達と同じか……


「お前の言う通りじゃ……そこで、一之祐様はアルダインの回収命令を無視してな、フィールドのはずれに村をつくって、そこに住まわせておったのじゃ」


 それを聞きほっと、胸をなでおろすタカト。

「なら、安心だよな……」


「だがな、そんな村が、つい最近、襲われたんじゃ……」


「はぁ? どういうことだよ?」

「それを調べるために、金蔵勤造きんぞうさまが村へ調査に行かれておるのじゃ」


 タカトはまた、声を張り上げる。

「それって、アルダインってやつの仕業じゃないのか? だって、回収命令を無視したんだろ、絶対、腹いせに決まっているじゃないか」

「分からん……その可能性も含めて、今、勤造きんぞうさまが調べているところじゃ」


 ビン子は辛そうな目でガンエンに尋ねた。

「ガンエンさん……その村の人たちは、全員死んでしまったの……」


「いや、何人かは難を逃れてこの駐屯地に逃げ込んできておる」


 それを聞いたタカトは得意がってガンエンに進言した。

「だったら、そいつらに事の真実を聞けばいいじゃないか」


「当然、言われんでもすでに聞いておる! だが、何も覚えておらんと言いよる……ただただ、暗闇の中から声が聞こえていたとしか……」

「なんだよそれ……魔物か魔人たちの仕業かよ」


 コウセンがバカにするように口をはさんだ

「お前、バカか? わざわざ聖人世界のフィールドの奥に作った村に魔人たちが襲いに行くと思うか?」


 タカトはきょとんとした表情で答えた。

「えっ? 魔人って人喰うじゃん!」


 ガンエンが、タカトをそれとなくフォローする。

「そうじゃな……だがな、謎なのは遺体はすべて残っているという事じゃ。魔物や魔人たちが好む脳や心臓がそのままで、全くなくなっておらんのじゃ」


 ビン子は口を押えてつぶやいた。

「なによそれ……気持ち悪い……」


 ガンエンは一息ついて、声のトーンを上げた。

「まぁ、その内、ハッキリするじゃろうて、というか、お前たちは権蔵に会わなくていいのか?」


 タカトたちは、ガンエンから教えてもらった道を歩いていた。

 ガンエンの話では、今、権蔵は駐屯地の中の工房にこもって作業をしているそうなのだ。


 だが、その道すがら、どこからともなく歌が聞こえてきた。


「膝を抱えて震える心

 そんな私を照らしてくれた」


 それは一瞬、タカトですらビン子が歌っているのかと勘違いするほど美しい音色。


「小さな小さなマッチの炎

 触りたいけど触れない

 近くて遠い貴方の温もり」


 それは青く輝く空に吹き抜けるような涼やかな歌声であった。


「あなたの頬に触れたいけれど

 だけど……だけど……届かない……」


 その声の方へと振り向いたタカトは、瞬間、我を失った。


 そこには、屋根の上に座り歌う女の子の姿。

 ゆっくりと吹き抜ける風が七色のウェーブする髪をゆらし、光を散らしていた。

 そんな美しい髪を手で押さえ奏でる歌声は、まるで天使の歌声。


「アイナ……ちゃん……」

 固まるタカトから言葉がもれた。


 そんな馬鹿な……

 ここは、過去の世界だぞ……

 アイナちゃんがいるわけないだろう……

 だって、俺たちの時代のアイナちゃんは16ぐらい……

 どう見たって、あの子も16ぐらいだ……

 なら、アイナちゃんはもしかして不老不死の騎士とかだったのか?

 いやいやいや……そんな話は聞いたことないよ……


 一人混乱しているタカトであった。


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