第371話 オッパイこそ正義!(1)

 タカトのほんの鼻先の事であった。

 光の矢に貫かれたカエルの頭が、その反動で反り返った。

 真っ白なカエルの腹がむき出しになっていく。

 トラバサミのように大きくあいた口からこぼれ落ちたのと思われる唾液が、遅れてタカトの顔面にへばりつく。


「大丈夫? タカト君!」

 とっさに、タカトは声がした方向へと振り返る。

 そこには岩の上に立ち、黄金弓を構えるエメラルダの姿があった。

 そして、その足元では、岩陰から野良犬、ちがった、犬鼻と犬耳をつけたビン子が頭だけを出して震えていた。

 ――アイツ使えねぇ!


 岩の上で、黄金弓を引き絞るエメラルダは、次々と矢を放つ。


 切り裂く音とともにタカトの髪を光の矢がかすめていく。

 !?

 タカトは、カエルたちのいた方向へと向き直した。

 そこには、地面の上にあおむけにひっくりかえり、ピクピクと痙攣している無数のカエルの姿があった。


 タカトの目の前の地面が盛り上がる。

 かと思った瞬間、その地面から別のカエルが飛びだした。

 ひぃぃぃぃ!

 もう、タカトは生きた心地がしなかった。

 だが、そのカエルもまた、タカトに届く瞬間に、飛んでくる光の矢に射貫かれた。


 というか、エメラルダは毒で体が動かなかったのではないのか。

 しかし、今、岩の上で弓を引くエメラルダからは、その様子がみじんも感じられなかった。

 もしかしたら、タカトを心配して、火事場のくそ力でも発揮したのであろうか?

 いやいや、ゴリラじゃあるまいし、そんな感じではないのだ。

 まるで毒など最初からなかったかのように、平然と弓を引いているのである。

 もはやその体には毒の影響は、まるでない。


 だが、光の矢を放つエメラルダは、所詮一人。

 次々とカエルを射貫くものの、一体ずつしか倒せない。

 以前、第六の駐屯地でガメルたちを追い払った大技、そう、『星河一天』でも使えれば、ココに見えるカエルたちなど簡単に一掃できたであろう。

 しかし、今やその黄金弓は仮死状態。

 まして、エメラルダ自身もすでに騎士ではないため、そんな大技は使えない。

 だから、一匹ずつ倒すしかないのである。

 だが、数が多い。

 タカトは小剣を構えたまではよかったが、今や、ビン子と共にエメラルダの足元の岩陰で隠れ震えている始末。

 コイツもやっぱり使えねぇ!

 もはや、頼るべき存在はエメラルダしかいないのである。


 いつの間にか、大岩を中心に、タカトたちは、カエルたちの群れに取り囲まれていた。


 エメラルダは、周囲を伺う。

 エメラルダの乗る大岩を大きく取り囲むように、カエルたちの群れが輪を作る。

 その数、50!

 結構、射貫いたつもりであったが、数は減っていない様子であった。

 エメラルダの足元では、使えない子犬たち、もとい、使えないタカトとビン子が震えている。

 ――この子たちを守りながら戦うのは難しい。

 エメラルダは、背後に口を開ける小門の洞穴に目をやった。

 ――ならば……小門に逃げ込むか……

 だが、小門の中では暗殺者たちとヨークが戦っている。

 せっかくヨークが作ってくれた逃走の時間である。

 来た道を戻っては、ヨークが何のために命を張ったのか分からない。

 しかし、いくらエメラルダが弓の名手であったとしても、多勢に無勢。数の力の前では、いつかは押し切られてしまう。

 エメラルダは唇をかみしめた。

「タカト君! 小門に走って!」

 エメラルダは決意した。

 このままでは、埒があかない。それならば、まだ小門の方が可能性がある。

 大空洞まで逃げ切れば、万命寺の僧たちもいるのだ。

 ――暗殺者たちさえ何とかすれば。

 暗殺者たちはエメラルダを追っている。

 ――自分の命さえ投げ出せば、タカト君とビン子ちゃんは助かるかもしれない。


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