第501話 男の子には男の子のすることがあるんです!(4)

 ミーキアンはゆっくりと部屋に入ると、机の上の道具に目をやった。

「これは何だ?」

 もしかしたら、人間の男が道具を使ってやる事に興味があったのかもしれない。

 訳が分からぬ道具を使うのが人間の文化。

 魔人たちは、そんな道具を使う人間にどこかあこがれを持っていた。

 その道具がたとえつまらぬ事、いや、男にとって大事な事に使うものであったとしても興味をいだかずにはいられない。

 そのため、ミーキアンの目は、先ほどまでの厳しい目とは違い、少女のようにキラキラと輝いていた。

 だから、そんなミーキアンの問いに、タカトは驚いた。

 だが、これでもタカト君、道具に関してはオタクである。

 騎士魔人であるミーキアン様に向かって偉そうにふんぞり返った。

「聞いておどろけ! これはそこらへんに転がっていた魔物のいろいろなものを融合加工したもの。なづけて『フェ・ラ・マチオーネ・ フォンドヴォー』! ドロドロの臭い臭い濃縮汁を口で吸いだす道具だ!」

 なにやら訳の分からぬ道具を掲げるタカト。

「おぉぉ! それはフェ・ラ・マチオーネ!というのか! 略すると……」

「略さんでいい!」

 タカトがミーキアンに突っ込んだ。

 いつもならココでビン子がバカにするのだが、今はベッドの中でお休み中のはずなのだ。

 だから、タカト一人でボケとツッコミをこなさなければならなかった。

「で、それはどういった道具なのだ? それで、男は自分の性欲を処理するのか? やってみせてくれ!」

 目をキラキラさせて迫るミーキアン。

 ――はぁ? 自分の性欲を処理する……? 何言ってんだ……コイツ……

 コイツって……一応、目の前にいるお方は魔人騎士様ですぞ。

 タカトは、おおげさに目の前で手でバツ印を作った。

「ブブゥ! これは男の性欲を処理するものではありません! まして、女を喜ばすものでもございませ~ん!」

 その顔の憎たらしいこと。

 こんな態度を魔人騎士にとったら殺されても文句は言えない。

 だが、ミーキアンの態度は違った。

 自分の予想が外れはしたが、目の前に分からぬ道具が輝いて見えているのである。

 ミーキアンは、少女のように上目遣いで腰を振った。

「えー! だったら何なのよ? 全然、分からないよぉ~」

 この変わりよう……本当にあのミーキアンか?

 少々あきれ顔のタカトは説明をつづけた。

「これは、奴隷たちの体内から魔の生気を吸いだし濃縮する道具」

 それは、赤ちゃんの鼻吸い器が少し大きくなったような道具であった。

 タカトが先ほどからティッシュでこすっていたのは、このガラスの容器。

 ――なんだ、エロ道具ではないのか……

 少々当てが外れたミーキアンは少々つまらなそう。

 せっかく人間が一人で繁殖行動をとる姿が見れると興奮していたにもかかわらず、肩透かしを食らったような気分であった。

 だが今度は、目の前のタカトが目をキラキラさせながら説明を続けていた。

「人魔症の末期となると、魔の生気が臭くなって吸えなくなるって言ってただろ。だから、直接吸うのではなくてトラップをつけたんだ」

 ――なるほど、このチューブを使って吸い取ると腐った魔の生気がこのビンの中にたまるという寸法か。

 ミーキアンは感心した。

 確かにこれだと、直に吸うわけではないため不味さは感じないかもしれない。

「しかも、魔人の口が人間の肌に触れないから、吸っている魔人の魔の生気が入り込むことも無い!」

 ――言われてみればそうだな。直に吸えば魔人が持つ魔の生気もまた、人間の体内に入り込む。体内の魔の生気を吸いだしても、別の魔の生気が入れば意味がない。そんな事考えもしなかったな。

「これだと、体内に残っている魔の生気だけを吸いだすことだけができるから、かなり延命はできると思うだよね」

 それを聞いたミーキアンの顔が真顔に戻っていた。

「確かに、人魔症の末期であったとしても、理屈上は延命はできるかもしれん。だが、すでに体が魔の生気に侵されている以上、遅かれ早かれ必ず死ぬぞ……」

 タカトは道具を静かに机の上に戻す。

 何も言わずに道具を見続けていた。

 静寂な時。

 窓から街の喧騒がかすかに聞こえてくる。

 タカトはやっと口を開けた。

「そんなことは……分かってる……でも、今の俺ができる事はこんなことしかないんだ……」

 それを聞くミーキアンも静かにつぶやいた。

「そうか……お前も、エメラルダと同じだな……」

「えっ! 俺がエメラルダの姉ちゃん?」

 タカトは、自分の胸に手を当ててみた。

 しかし、そこはペッタンコ……当然である、タカトは男なのだから。

 ミーキアンは、そんなボケにツッこむこともなく、窓越しの月を見上げながら話し始めた。

 その悲しそうな目が月明かりを散らす。


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