第502話 この出会いがなければ…(1)

 ミーキアンは静かにタカトに問うた。

「お前は、この聖人世界と魔人世界の戦いが何のために行われているのかと考えたことがあるか?」


 いきなりの質問にキョトンとするタカト。

「俺には直接関係ないからな、そんなこと考えたこともないし、だいたい昔からのことだろう」


 そんなタカトの反応を見越していたかのように、ミーキアンの口元はかすかに笑みを浮かべた。

「多くのものはそう言うだろう。いや、騎士や王でさえそうかもしれない。そもそも、この戦いに理由などないのかもしれないのだ」


「言っている意味が今一分からん!」


 ミーキアンはそんなタカトから目をそらすと、机の上に置かれたチェスのナイトの頭をそっと指先でなぞった。

「そうだな、このチェスの駒たちは、なぜ、戦っていると思う?」


 このチェス、大方、小間使いの魔人たちが休み時間に遊んでいるものなのだろう。

 ――なんでこんなところにチェスがあるんだよ! 大体、魔人ども、チェスができるような知能があるのかよ!

 そんなミーキアンの問いに、バカにしたように答えるタカト。

「それは、チェスと言うゲームだからに決まっているからだろう」


 ミーキアンはないとの駒を優しく持ち上げるとその瞳をじっと見つめていた。

「なら、駒たちは自らの意思で戦うことを望んでいるのか?」


 タカトは笑いながら大声を上げた。

「バカじゃないか! 駒がそんな意思を持つわけないだろうが!」


 ミーキアンは手にもつナイトをそっと盤の上に戻す。

 そして、声のトーンを変えることなく、つぶやいた。

「そうだな……チェスというゲームではプレイヤーが楽しむために、意思を持たぬ道具の駒を使って遊んでいるだけに過ぎない……」

 大方、タカトのそんな言葉をすでに予想していたのだろう。


 今一、ミーキアンの言っていることが理解できないタカトは、腕を組みながら頭をひねっていた。

 ――う~ん……俺がアホなのか? それとも、こいつがアホなのだろうか?


 そんなタカトにミーキアンは続けた。

「たまに思うのだ。我々が、このチェスの駒ではないかとな」

 再び、タカトは噴き出した。

「プッ! 俺たちがチェスの駒?」


「あぁ、もしそうであるのなら、別にあるプレイヤーの存在が我々を争わさせているだけで、我々には真に争う理由はないのではないかと思えるのだ」


「そのプレイヤーって誰だよ。神よりもえらい者がいるというのかよ」

「分からん。ただ、そんな気がずっとしていてな」

「分からんって……そんなのお前が勝手に思っているだけじゃないのか?」

「いや、エメラルダもまた、この争いに疑問を持っていた。だが、その疑問に対する考えは私とは別なのかもしれんがな」

「どういうことだよ」


 ミーキアンは小屋の窓から夜空を見上げた。

 そして、何かを思い出すかのように話し始めた。

 それはエメラルダと出会った時のこと。

 ほんの少し過去のこと。

 そう3年ほど前、第一の騎士の門内で起こった悲しい出来事であった。


 ココはタカトたちから見て三年ほど前の聖人世界にある融合国。

 その第一の騎士の門が今静かに開いていった。


 開かれた門から、門内のフィールドへと輸送部隊が次々と入っていく。

 砂埃が舞い散る荒れ地に、数台の荷馬車の隊列が列をなしていた。

 その隊列の横に、大きなカバンを背負った男や女たちが付き従う。

 どうやら、荷馬車に詰めない荷物をカバンに詰め込んで運んでいるようだ。

 この者たちは、アルダインの命令により門内の第一の駐屯地に補給物資を輸送している最中なのである。


 荷馬車の横を歩く一人の女が先ほどから肩ひもに手をかけ一歩一歩うつむき歩いていた。

 背負うカバンが重いのかその歩みは周りの者より、少し遅い。


 照り付ける日差しを遮るように、女は額の汗をぬぐった。

「お父さん……今日はやけに暑いわね……」

 この女、名前を紅蘭。蘭華、蘭菊のお母さんである。

 毒に侵され病院に入院する前の紅蘭は、第一駐屯地への補給物資を運ぶ仕事をしていたのであった。


 その紅蘭の横には、紅蘭よりもさらに大きなカバンを背負う男が歩いていた。

 男もまた、紅蘭のしぐさをまねるかのように汗をぬぐった。

「あぁ……暑いなぁ……」

 言葉少なめのこの男は、紅蘭の夫、そして蘭華蘭菊の父である。


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