第503話 この出会いがなければ…(2)

 隊列の先に、小さく第一の駐屯地が見えてくる。

 聖人世界側にそびえる騎士の門から駐屯地までは聖人世界のフィールドだ。

 そのため、第一所属の魔装騎兵であれば神民スキル「限界突破」が使える。

 そして当然、第一の門の騎士であるアルダインにおいては、絶対防壁の「騎士の盾」を発動できるのである。

 それとは逆に、聖人世界のフィールドは魔人国の魔人たちにとって敵方のフィールドとなる。

 そのため、神民魔人たちが持つ神民スキル「魔獣回帰」は使えない。

 魔人騎士もまた「騎士の盾」を発動することができないのだ。

 すなわち、身を守る手段を持たない魔人騎士はこの敵方のフィールド内では不死でなくなるのである。

 要は、敵方の騎士を害するためには、自分たちのフィールド内に引きずり出せばいいのだ。

 逆にいえば、自国のフィールド内にいる騎士は騎士の盾に守られて無敵と言える。

 まぁ、騎士も常に駐屯地に引っ付いているわけにはいかない。

 内地である融合国で、いろいろと政務を行わなければいけないのは魔人世界、聖人世界ともに同じことである。


 ましてや今いるのは輸送隊。

 明らかにキーストーンを有していないことが分かっているのだ。

 この門内の戦いの最終目的であるキーストーンの奪取のためと言うのなら危険を冒すのもわかなくもないが、たかが輸送隊ごときで騎士が死の危険を冒してまで出ばってくることもまず考えられない。

 神民魔人もまた、不利な条件と分かっているのにわざわざ襲ってくるはずはないのである。

 このような聖人世界のフィールド内において、輸送隊を襲うのは野良の魔物たちと相場が決まっている。

 まぁ、タカトたちを襲ったカマキガルなどのような類だ。

 そのため、輸送隊の護衛には、魔装騎兵が数人配置されているだけ。

 後は一般兵がおまけ程度に付き従っている。


 荷物が多いのか輸送隊の足は遅い。

 遅々と進まぬ行軍に対して、照り付ける日差し。

 体力の低下がさらに足を遅めた。


 その道中の中ほどに、珍しく森が見えた。

 隊は、その木陰で、一時の休息をとる。

 紅蘭もまた、カバンを降ろし、木陰に座り汗をぬぐっていた。

 その横には、寄り添うように夫も座る。


 この輸送業務、いくら魔人たちが襲ってこないとは言っても、魔物がいつ出てくるか分からない危険な業務である。

 幼い蘭華と蘭菊をコンビニのケイシ―に預けたままで働くのは、そろそろ限界であった。

 二人は、今回の輸送を最後にもう少し安全な仕事に変わるつもりなのだ。


 約15年ほど前、紅蘭はアルダインから、ある奴隷を買い取ることを目的に金を稼ぎ始めた。

 融合国の生まれでない紅蘭にとって、この輸送業務は金になる仕事だったのだ。

 しかし、目的の金額がたまった頃には、そのある奴隷は、すでに、奴隷の身分ではなく神民となっていた。

 金を稼ぐ必要がなくなった紅蘭。

 だが、その神民が提案するのだ。

 そのお金で、長男の蘭丸を神民学校に通わせてはどうかと。

 一般国民の中でも貧しい紅蘭の家。

 とても神民学校に通えるような家柄ではない。

 まして、紅蘭の出自は情報の国。

 この当時、融合国と情報の国の関係は、第二世代、すなわち代替血液の製造するために行われていた誘拐事件を巡って完全に冷え切っていた。

 だが、その神民がアルダインに口をきいてくれるというのだ。

 自分の事を思って、ここまでボロボロになりながらお金を稼いでくれた紅蘭へのせめてもの償い。


 蘭華蘭菊の兄である蘭丸は、頭脳明晰であった。

 確かにその神民の口ききがあったのも事実であるが、その優秀さゆえに、貧しき一般国民の身分でありながら神民学校に通うことが許されたのである。

 とはいえ、入学するにはまとまった金が要る。

 大方、その金を工面できるのは、一般国民でも富めるものだけだった。

 紅蘭は、奴隷を買い取るために用意していたお金を、全て蘭丸の入学資金に充てた。


 もう、紅蘭の手元には金は残っていない。

 だが、憂いも残っていない。

 あとは、小さな屋台でもできるような金さえできれば十分なのである。

 その屋台が、今回の仕事の報酬でやっと買えるのだ。

 あとは、蘭華と蘭菊と一緒に、屋台で店をやりながら楽しく過ごすだけだった。


「ぎゃぁぁぁぁ!」

 突然、悲鳴が起こった。

 何がおこったのか分からない紅蘭。

 だが、紅蘭の目の前に年老いたナメクジの魔人が立っていた。

 ナメクジの魔人はゆっくりと口を開く。

「まぁ、恨むならアルダインを恨め……」

 大きく開いた口から一気に毒を吐き散らす。


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