第416話 救える命は何人だ?(1)

「ディシウス!」

 そんな二人の間に、女の声が割り込んだ。

 女はハトネンの陣営からまっすぐに飛んできたようである。

 陣営から見えた砂煙。

 あの砂煙のもとにディシウスがいると気づいたソフィアは、助けを求めに来たのであった。

 マリアナの後先考えない神の恩恵の使用は、確実に身を亡ぼす。

 ソフィアは、そう感じ取っていた


 だがしかし、ディシウスは剣を構えたまま。

 一之祐もまた微動だにさせない。

 いっこうに、二人は剣を動かさない。

 いや、動かせないのだ。

 二人は、視線すらも動かすことができなかった。

 今、隙を見せれば一瞬で終わる。


 紫の髪の女魔人は、ディシウスに駆け寄った。

「お願い! 神さまを止めて!」

 ――ちっ!

 とっさにディシウスは、側によるソフィアの体を腕に巻きこみ、自分の背の後ろへと隠した。

 それは咄嗟の動きであった。

 だが、ディシウスにとっては、その時間が数分にも感じられた。

 互いの殺気がしのぎを削りあっている中に、そのソフィアの乱入。

 この隙を、目の前の男が見落とすことなど考えられない。

 今この瞬間に、あの男から攻撃が来たとしても、きっとよけきれない。

 それどころか、その太刀筋の狙いがソフィアかも知れないのだ。

 ソフィアを襲うことによって、気を削がれた自分へと二の太刀が来るかもしれない。

 いや、あの男の腕前だ、一刀のもとに、二人とも切り伏せるかもしれない。

 ――ならば、ソフィアだけでも。

 ディシウスは、がら空きとなった己が体で一之祐の剣を受け止める覚悟をした。

 それしか、背後に回したソフィアを守る方法を思いつかなかったのだ。

 奥歯を噛みしめ、痛みに耐えようと心を引き締めた。


 だがしかし、予想した一撃がいっこうに来ない。

 そう、ディシウスは、次の瞬間に一之祐のとどめの剣が確実に来ると思っていたのだ。

 だが、叫ぶまい。

 叫び声をあげることは、敗北を意味する。

 決して、声など出しはしない。

 心の固く誓っていたのにもかかわらず、何も起きない。


 恐る恐る一之祐に目をやる、ディシウス。

 だが、一之祐は、剣を肩の上に置き、すでに戦いの姿勢を解いていた。

 一之祐は、頭をかきながら、仕方なさそうにつぶやいた。

「女が入ったか……ということは、お前の負けということでいいな!」


 肩透かしを食らったかのようなディシウスは混乱した。

 ――意味が分からない……

 俺たちは殺し合いをしていたはずなのでは?

 ディシウスは、てっきり、ソフィアが飛び込んだ一瞬で決まったと思っていた。

 一之祐の太刀筋であれば、ディシウスの強靭な胸を切り裂くのは簡単な事であろう。

 それどころか、ソフィアに気を取られていれば、無防備な首を飛ばすこともできたことだろう。

 だが、ディシウスは無事である。

 それどころか、背後のソフィアも健在なのだ。

 この男、ディシウスの命など何の興味もないようである。

 要は戦いたかっただけなのか?

 ――俺は命をかけていたというのに、この男にとってはスポーツか何かだったというのか?

 それであるならば、少々バカにされた気がして気分が悪い。

 だが、今は、ソフィアが駆けつけるほど、ハトネンの作戦は切羽詰まった状態なのだろう。

 この男が、それでいいというのであれば、それでいいではないか。

「あぁ……それでいい……」

 ディシウスもまた剣を降ろした。


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