第415話 孤軍の神と背水の駐屯地(4)

 マリアナは奥歯をかみしめる。

 駐屯地から飛び来る矢から身を守るために、神の盾を発動する。

 ハトネンとの約束を守るため、駐屯地内の守備兵たちを誘惑する。

 しかし、距離があるせいか、すべての守備兵を掌握できない。

 もう少し近づきたい。

 あと……少し!

 一気に片づけたい。

 だが、空からは矢が降ってくる。

 止めどもなく雨のように降ってくる。

 しかも、矢だけでなく、巨石までもが降りだした。

 巨石は、光の壁にぶつかると粉々に砕けちった。

 マリアナには、かけら一つ届かない。

 だが、巨石が砕けるたびにマリアナが苦しそうな表情を浮かべる。

 矢が、光の壁ではじけるたびに、忌々しそうに駐屯地をにらむ。

 神の盾が攻撃を防ぐたびにマリアナの生気を消費していくのだ。

 時間がないの!

 一気に勝負に出るマリアナ。

 勢いよく大きく両手を広げ胸をそるマリアナ。

 その須恵の後、黄金の光の弧線が駐屯地に向かって砂漠の上を疾走する。

 残る全生気を神の恩恵に費やしたのだ。


 光の弧線が勢いよく地を滑り駐屯地に疾走する。

 その光の円は砂漠の上を広がっていく。

 そして、駐屯地の城壁にたっすると、そこに何もないかのようにすり抜けていった。

 だが、その後の事である。

 先ほどまで駐屯地から雨のように降り注いでいた矢がピタリと止まる。

 天から落ちてきた大石が、空から消えた。

 何も音がしない。

 何も動かない。

 駐屯地の内部では、先ほどまで矢を射ていた兵士たちが、心を奪われ、呆然と空を見上げていた。

 そして、素手にマリアナの誘惑にとらわれている兵士たちもまた、空をぼーっと見上げている。

 何をするでなく、動かない。

 ただ一人を除いて全ての兵がである。

 その残った兵士の後ろには、赤き点が落ちている。

 それは、わき腹から垂れ落ちた血であった。

 ガンエンは、マリアナの神の恩恵が駐屯地に届く瞬間、自らのわき腹に剣を突き刺した。

 激痛が襲う。

 だが、その激痛が、マリアナの誘惑からガンエンを救った。

 ガンエンは、すぐさま、わき腹を押さえ、応急処置をとる。

 医者であるガンエンだ。致命傷は避けている。

 それでも出血は多い。

 だが、今はそんなことに構っている暇はない。

 ガンエンは、残る力で門を開ける

 そして、ラクダに飛び乗ると、外に飛び出した。

 そう、一之祐のもとに助けを求めに走ったのだ。


 その神の恩恵が作る弧線の一端は、一之祐とディシウスの元にも届いていた。

 なんだ!

 二人はその違和感に動きを止めた。


 何が起こっている?

 一之祐は背後の駐屯地を確認する。

 駐屯地から煙が上がっているではないか。

 もしかして、駐屯地が襲われているのか?

 くそっ!


 ディシウスもまた、察知した。

 この感じ、神の恩恵か?

 ということは、すでにソフィアが言っていた作戦が実行されたということか。

 くそっ!


 だが、二人とも、いまだに健在である。

 激しく打ち合っていたとはいえ、お互いかすり傷。致命傷には程遠い。

 体力は消耗しているとはいえ、おいそれと、背中を見せられる相手ではないことは今までの切り合いで十分、承知している。

 紙一枚届かぬ。

 それほどまでに互いの剣技は接っていたのだ。

 だが、そんな二人も今は、互いに剣を構えるものの、相手の間合いに踏み込もうとしなかった。

 先ほどまでは、隙あらば喜んで相手の懐に潜り込み、その剣を存分にふるっていたのにもかかわらずである。

 まるで、別人、心ここにあらずのようである。

 太陽の熱がじりじりと二人の肌を焦がす。

 切り合っていた時は、何も感じなかったのに。

 やけにうっとおしぐらいに熱い。

 そのせいか、二人の額には汗が浮かび上がっていた。


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