第563話 タカトはアイドル!

 タカトとビン子は、コウテンに教えられた駐屯地のはずれへと足を向けた。

 もう少しで沈みそうな太陽がその命をの輝きを徐々に閉じようとしていた。

 先ほどまで夕焼けによってオレンジ色に染め上げられていた駐屯地の城壁も、次第に色を失っていく。


「膝を抱えて震える心

 そんな私を照らしてくれた」


 壁に近づくにつれ、澄んだ歌声がタカトの耳に入ってきた。

 ――アイナちゃんの歌声だ……

 自然とタカトの足が早まった。


「小さな小さなマッチの炎

 触りたいけど触れない

 近くて遠い貴方の温もり」


 だが、その歌声には、もう一つ澄んだ声が混ざり美しいハーモニーを奏でていた。

 ――アイナちゃんが二人?

 それを聞くタカトは一瞬、ドキッとした。


「あなたの頬に触れたいけれど

 だけど……だけど……届かない……」


 暗く成り行く壁の前で少女たちが二人が歌っていた。


 ――アイナちゃんが二人……?

 というのもタカトの目には、一瞬、アイナが二人に見えたのだ。

 目の前の二人の少女から奏でられる歌声は瓜二つ。

 それほどまでに二人の歌声は素晴らしかった。


 その声の主はアイナと真音子。

 どうやら真音子は権蔵の工房から飛び出したのち、アイナに歌を教えてもらっていたようである。

 数時間たった今では、メロディーを完璧に覚え、アイナ同様に澄み渡る歌声でメロディーを奏でていた。


 だが、驚くのは、その真音子の歌声……

 タカトは二人を目にした瞬間、アイナと見間違えて、しばらく呆然としてしまったほどなのだ。


「お兄ちゃん! お仕事終わったんだ!」

 タカトに気付いた真音子が声を上げるとタカトに飛びついた。

 はっと我に返るタカト。

 ――イカン……イカン……道具作りを頑張りすぎて、一瞬、真音子がアイナちゃんに見えていた!

 懸命に頭を振って、へんな幻覚を振り払う。


 アイナもまた、タカトたちに近づき声をかける。

「真音子ちゃんって凄いね。あっという間に私の教えた歌を覚えちゃった」


「だって、真音子、お歌好きだもん!」

 嬉しそうに答える真音子。


 アイナは膝まづくと真音子の頬に手を添えた。

「真音子ちゃんこそ、将来、トップアイドルになっちゃうのかなぁ?」


「そうだよ! 真音子ね、トップアイドルになってお兄ちゃんと結婚するの! だって、お兄ちゃんもトップアイドルなんだよ!」


「そうなの!」

 驚きの表情でタカトを見上げるアイナ。

 そこにはばつが悪そうに眼を泳がせるタカトの姿があった。


「タカト君、君ってアイドルだったの? なら、私に歌を教えてよ。真音子ちゃんと歌っていると歌うのが楽しくなってきちゃって、私! もっと歌いたいの!」


「え……とぉ……そのぉ……」

 しどろもどろになるタカトは、横にいるビン子に助けを求めるように視線を送った。

 だが、ビン子は、そんな嘘つくからよ! と言わんばかりに知らん顔。

 プイ!


 タカトは困った。

 せっかく、なまアイナちゃんとお近づきになれたのだ。

 ここで嘘でしたと言って引き下がれば、アイナちゃんの心証は確実に悪くなること間違いなし。

 というか、まだ手を握るどころかサインももらってないのに、嫌われたのでは困りものだ。


 ――ならどうする……どうする俺……


 !?

 ピコーン!

 突然、何かひらめいたタカト君。


 アイナちゃんとの心の距離を縮めるにはこの一手しかない!

 そう、アイドル、いや、トップアイドルとしての嘘を押し通すしかないのである。


 いよいよ覚悟を決めたタカトは叫んだ!


「よし! 俺がトップアイドルの歌というモノがどういうモノか教えてやる!」


 それを聞いたビン子が驚いた。

 ――ちょっとタカト……そんなこと言って大丈夫なの?

 だが、不安がるビン子の目に映るタカトは妙に自信満々であった。


 タカトが、マイクでも握るかのように握った拳を自らの口へと近づけると、軽く目をつぶった。

 そして、前かがみに頭を垂れたかと思うと、いきなりタカトの頭が跳ね上がったのである。


「カバ! カバ! ガバガバガバ!」


 大声で叫ぶタカト。

 ついに壊れたか……タカト……


 いや、タカトは壊れたどころか、小気味よく大声で歌っていたのである。

 さらに、リズムに合わせたタカトの体が踊りだす。

 

「私の彼は発情期! イエイ!」


 大きく跳ねたタカトの体が握りこぶしを天に突き上げていた。


 それを聴くアイナと真音子の目はキッラキラ!

「タカト君! すごぉぉぉぉぉい!」

「お兄ちゃん、本当にトップアイドルだったんだぁぁぁぁ!」

 思いのほか二人からは感嘆の声が上がっていた。


 アホなのか?

 こいつら、やっぱりアホなのか?

 仕方がない……その二人の反応は仕方がないのだ……


 なぜなら、タカトが今歌っているのはタカトの時代のアイナちゃんの曲である。

 アイナちゃん大好きのタカトにとって知っている曲と言えば、アイナちゃんの歌ぐらいしかなかったのだ。

 だが、不肖タカト。腐ってもアイナちゃん親衛隊の補欠の補欠である。

 アイナちゃんの歌ならば、踊りの細部までしっかりと頭の中に叩き込んでいた。


 しかも、未来のアイナちゃんの歌は聖人世界のヒットチャートを独占し続けている超人気曲ばかり。

 そんなナンバーワンのアイドルが歌っていた曲を、タカトはそのまま完コピして歌っているのである。


 そりゃ、それを初めて聞く二人が感動すること間違いないだろう。

 だって、この時代のアイナちゃんなら、タカトが歌っている未来のアイナちゃんの曲を当然知っているわけはないのである。


 なら、この歌はアイナちゃんの歌であって、アイナちゃんの歌ではない!

 という事で、トップアイドルの歌と踊りを、そのままコピって歌えば即席のトップアイドルの出来上がりというわけなのである。


 歌い終わったタカトの元に駆け寄るアイナと真音子。

「タカト君、その歌私にも教えて!」

「お兄ちゃん、真音子にも!」


 内心してやったりタカトはにんまり。

「ヨシ! 俺がお前たちを武道館の高みへと連れて行ってやる!」


 アイナと真音子はきょとんとする。

「武道館?」


「そう! アイドルならば一度は目指すその高み! 武道館コンサート!」


 ビン子が白けた目で声をかける。

「タカト……武道館なんかどこにあるのよ……ここは駐屯地よ……」


 振り向くタカトが怒鳴った。

「プロデューサータカトと呼べ! ビン子ぉぉぉ! 貴様は! ばかかぁぁぁぁぁぁ!」

 バカはお前じゃ!


「武道館がなければ、作ればいいのだ!」

「はぁぁぁぁぁぁ?」

 ますますあきれるビン子ちゃん。


「幸いにも、ここは万命拳の武道を極めるものが多い! ならば、その広場にステージを作れば、そこはもう武道館!」

 意味わからん……


「この武道館コンサートを皮切りに、アイナちゃんの全国コンサートを必ず成功させるんじゃぁぁぁぁぁぁぁい!」

 ついていけん……こいつにはついていけん……

 ビン子の頭は混乱した。

 ピョピョピョ~のピ~ヨピヨ♪



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