第562話 死線の先


 ガンエンは奥歯をかみしめた。


 ――わしは、万命寺の門前に立つ鬼神のように無慈悲な鬼じゃな……

 死ぬと分かっている者に、奉身炎舞を教えるとは……

 まさしく、鬼じゃ……


 三つの石はおそらく奉身炎舞を極めた三兄弟のものだろう。

 確かに、他の弟子たちのものとも考えられなくもない。

 だが、奉身の極致に達したというのであれば、それはこの三兄弟以外に思い当たらないのだ。

 それほどまでに、コウケン、コウセン、コウテンの三兄弟には見込みがあったのである。

 だからこそ、ガンエンは三兄弟に奉身炎舞を三兄弟に教えだしたのであった。


 だが、その奉身炎舞によって三兄弟は死ぬ。

 奉身の極致に至って死んだのであれば、守るべき人たちを守って死んだということなのであろう。

 それは、それで万命拳の師としては誇らしいことではあるが……


 死ぬのだ……


 おそらく、三兄弟たちが今ここでその事実を知ったとしても運命は変わらないのだろう。

 なぜならタカトが、ここに来たことも運命なのだ。

 きっと三兄弟が奉身炎舞を極めるのも定めなのに違いない。

 ガンエン自身が教えなくとも、きっと兄弟子たちに習い習得していくのだろう。


 なら、死ぬ運命は変えられないのか……


 だが、だがである。

 その石の下に亡骸がないという事は、おそらく駐屯地から知らせが届いただけに違いないのだ。

 そう、三兄弟が死んだという知らせだけがである。


 なら、三兄弟の亡骸はどうなったのだ?

 無残に砕け散ったのか?

 それともどこかに埋まってしまったのか?

 はたまた、魔物にでも食われてしまったとでもいうのであろうか?


 だが逆に、亡骸がない以上、確実に死んだとという確証もまたないのである。


 確かに、死んだのかもしれない。

 死ぬのかもしれない。


 いや、この過去のこの時点では死んだかもしれないという事実が分かっただけの事なのだ。


 なら、自分がやるべきことは何だ……

 ガンエンは決意する。


 死線の先へ!


 体が砕けたとしても生きようとする気力!

 地に埋もれたとしても這い上がろうとするあがき!

 魔物に食われたとしてもその体を食い破ってでも出てこようという執念!


 それこそ必ず光の下に生きて帰ろうとする生への執着!

 死線の先にある最後の一手!


 それを今からでも三兄弟に叩き込む。

 死の淵から生還するための一手を必ず!


 確かに、無駄かもしれない。

 奉身炎舞の先など、焼け焦げた体と精神があるのみなのだ。

 その先などあるはずがない……

 それは万命拳の先達たちの生きざまが如実に物語っている。

 だが、先達たちにできなくとも、あの子たちならできるかもしれない。

 いや、できなければならないのだ!


 そんなガンエンの覚悟に三兄弟は気づかなかった。

 未来の自分たちが奉身炎舞を極めたであろうことに、先ほどから興奮を隠せない様子なのである。


 ガンエンは、三兄弟に大声を浴びせた。

「今から、もう一度修行をやり直す!」


「えー! お師匠! マジすか!」

 コウテンが驚きの声を上げた。


「そうだぜ、今、やっと終わったところだろ!」

 コウセンも、今までの修行がかなり厳しかったと見えて、なかなか気がのらない様子であった。


「やかましい! 今できるうちに、できることをやっておくんじゃ!」


 だが、ガンエンの必死な顔に長兄コウケンは何かを察した。

「二人とも、師匠がせっかく教えてくださるというのです。ありがたく受けましょう。もしかしたら奉身炎舞を極めるのが早くなるかもしれませんよ」


 それを聞くコウセンは、急に態度を変えた。

「よっしゃぁぁぁぁ! もういっちょやるかぁぁぁ!」


 タカトは、気合を入れる三兄弟に声をかけた。

「なぁ、お前たち、真音子を知らない?」


 権蔵の工房に入ったとたんに逃げ出したちび真音子。

 だがまぁ、ここは第七の駐屯地の中である。

 駐屯地の中にいれば、どこにいようがとりあえずは安心だろう、という事で今の今まで放っておいたのだが、一向に姿が見えないのである。

 さすがに座久夜さくやの手前、見失いましたはさすがにまずいだろ。


 コウテンが何かを思い出した。

「そういえば、真音子ちゃん、向こうであの猫娘と何か話していたような」


「猫娘って……アイナちゃんの事か!」

 それを聞いたタカトの顔がぱっと明るくなる。


 それを見たコウセンが真顔でたしなめた。

「なぁ、タカト……あの生き残りの第三世代に近づくのはやめておけ……」


「なんでだよ! アイナちゃんはトップアイドルだぞ!」

「あの猫娘! トップアイドルなんスか!」

「コウテン! 黙ってろ!」

 コウセンに怒鳴られたコウテンはシュンとなった。


 そんなコウテンに目もくれないコウセン。

「いや、あいつらだけ生き残ったっていうのが、なんかきな臭い……というか、あいつらだけ無傷って、普通あり得ないだろ」


「それ……どういうことだよ……」

 タカトがコウセンを睨みつける。


「いや、金蔵さまの報告があるまでは、あいつらもまた村民全滅事件の容疑者だという事だ……」

「アイナちゃんがそんなことするわけないだろ!」


「だと……いいがな……」

「お前なぁ! アイナちゃんの歌を聞いてみろよ! そんなことできるようには思えないからさ!」

「あぁ、また、機会があったらな……」

 体を翻し離れていくコウセンたち。


 そんな中から末弟のコウケンが走り戻ってきたかと思うと、タカトの耳に小声で話しかけた。

「おいらには、その歌、今度聞かせてって言っといてくれっす!」

 そういい終わると、嬉しそうに手を振りながら兄たちの元へと走りかえっていった。

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