第561話 疱疹極致にイタタタタ!
「そうか……コウエンは医者になるのか……よかった……」
そんな長兄コウケンのつぶやきに、コウセンたちも、なんとなくタカトが未来から来たという事を理解したようであった。
「なら、俺たちはどうなったんだ! 当然、奉身炎舞は極めてるよな!」
「そうっすよ! 俺たちどうなんスか?」
コウセンとコウテンが身を乗り出してタカトに質問を怒涛の如く浴びせかけた。
「しらねぇよ! 大体、俺、お前たちにあったこともないし!」
それを聞くコウセンが声を大にした。
「嘘言え! お前、万命寺にいたんだろ! 会ったことがないってことは俺たち、万命寺にいないってことかよ!」
タカトの言葉も、だんだんとヒートアップしていく。
「そうなんじゃね! どこかの駐屯地の守備兵にでもなってんじゃねぇの!」
もう、あからさまに面倒くさそうなに言い放つ。
コウセンはその言葉を聞くとさらにタカトとの距離を詰めた。
――ひっ!
一瞬、恐怖でのけぞるタカト。
――なんだよ……コイツ、俺に文句でもあるのかよ?
だが、それが杞憂であることがすぐに分かった。
なぜなら、タカトの顔に近づけられたコウセンの目はキッラキラのキッラキラ!
純真無垢な子供のようにキッラキラ! なのだ。
コウセンは嬉しそうにタカトの手を取ると、さらに自らの顔をタカトの顔へと近づける。
――近い!
いやな顔をしながら少しでも距離を取ろうとするタカト。
だが、コウセンはお構いなし。
「という事は、奉身炎舞をきわめて駐屯地で暴れているってことだよな!」
先ほどからタカトの顔にコウセンの目から発せられるキラキラビームがガンガンと当たっている。
ついでに、横にいたはずの末弟のコウテンまでもが目をキラキラさせて、タカトの顔に近づいてきたではないか。
「それ! 第七駐屯地っすよね! 俺たちがいるのは! 第七駐屯地っすよね!」
タカトは両の手で二人の顔を押しのける。
「あぁ! うっとおしい! だから! 知らねぇって!」
そんな様子を見ていたガンエンが不思議そうにタカトに尋ねた。
「未来のワシは、この三兄弟たちの事を何も言っておらんかったのか?」
「何も」
「そうか……なら、よいわ……」
ガンエンは、そう言うと安どの表情を浮かべた。
だが、何がいいのか分からないタカトは、急に何かを思い出したようで。
決まりが悪そうな愛想笑いを浮かべだした。
「あぁ、そうそう、未来では万命寺、燃えちゃった! はははははは!」
「ははははって……タカトや……で、死人は出よったのか?」
「んにゃ、まったく!」
「そうか、なら、寺など燃えても構わんわ! 古いからよく燃えたじゃロウな! ワハハは」
タカトの心配とは別に、豪快に笑い飛ばすガンエンであった。
ガンエンにとって、物である寺よりも、人の命の方が尊いものだった。
そのため、この男、寺の黄金の仏像でさえも門を押さえるただのおもりとしか考えていなかったのである。
「ガンエンのじいちゃんこそ笑ってていいのかよ! その後、小門の洞穴暮らしになるんだぞ」
「誰も死んでおらんなら、どこに住もうが都というものじゃ!」
何かを思い出したタカトは意地悪そうな笑みを浮かべてガンエンを挑発した。
「本当かよ! じいちゃん、本当は洞窟が怖いんじゃないの?」
意味の分からぬガンエンは怪訝そうな表情でタカトを見つめた。
「いや別に。どうしてそんなことを聞く?」
ウシッシシと気味の悪い笑い声を押さえんとタカトは口に手を当てる。
「だって、ガンエンのじいちゃん洞穴のすみっこで、震えてたじゃないか」
「そうはいっても、ワシは洞窟は怖いとは思わんのじゃがな……」
「なら、三つの石の前で、震えながらぶつくさつぶやいていたのはなんでだよ」
「あのな……タカトや……未来の事など今のワシには分かりはせんわ!」
!?
と、言った瞬間、ガンエンの顔が急にこわばった。
「タカトや……今、何と言った?」
「えっ? うーん、三つの石の前でぶつくさと……」
ガンエンがかすかに震えている。
「タカト、その時のワシは何とつぶやいておった……」
「うーん、たしか、『疱疹極致にイタタタタ』だったかな」
横で聞くビン子がぷっと噴き出した。
「何それwww」
タカトは真顔で答える。
「おそらくガンエンのじいちゃんは洞窟に入ると帯状疱疹ができて究極に痛いんだと思う!」
「そんなわけあるはずないじゃない」
タカトにつられて、ビン子も大笑い。
アハハハハッハ
だが、ガンエンからは、笑うどころか声すら返ってこない。
先ほどから、ガンエンはうつむき拳を握りしめ続けていた。
険しい表情を浮かべるガンエンは、どうやらタカトのボケから何かを察したようである。
――ワシが毎日、三つの石の前で悲しそうな表情を浮かべるだと……
それではまるで墓参りではないか。
しかも、三つの石……
『疱疹極致にイタタタタ』
思い至るのは、おそらく『奉身の極致に至った……』なのだろう。
奉身の極致とは、すなわち、奉身炎舞の真の型に接したという事なのだろう。
奉身炎舞とは炎に身を奉じる舞。
すなわち、人々を守るために己が命を死という炎の中に捧げる舞なのだ。
当然、その先にあるのは死だけ。
己が命を糧として、無条件で人々の命をつなぐ。
ただそれだけ。
だが、それこそが奉身炎舞の神髄。
その域に達した者は、神をも超えると言われていた。
ガンエンの顔から血の気がみるみると引いていく。
「タカトや……その石の下にはもしかして?」
今だビン子と笑っているタカトは、目がしらに浮かぶ涙を拭きながら答えた。
「ガンエンのジイちゃん、もしかして死体でも埋まっていると思った? 何にも埋まってないよ、ただの石! ただの!」
再び大笑いするタカト。
日ごろ、厳しい万命拳の修行で鬼のようにしごくガンエンが、洞窟の片隅で震えていたのだ。
タカトにとっては、思い出しただけでも滑稽だったのかもしれない。
「そうか……ただの石か……」
そうつぶやくガンエンは己が拳を睨みつけた。
――ワシは鬼じゃな……
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