第560話 ロリコンすよ! ロリコン!

 沈みゆく夕焼けの太陽で赤く染まった広場では、いまだ駐屯地内の守備兵たちが体術の訓練を行っていた。


 ハイ! ハイ! ハイハイハイ!


 小気味のいい守備兵たちの発声が、タカトの耳に入ってくる。

 だが、そんなことに興味を全く示さないタカトは、頭の後ろに腕を組んで、だらだらと広場の脇を歩いていた。


 そんなタカトの背後から突如、怒鳴り声が響いた。

「おい! タカト! お前! 万命拳の練習しなくていいのかよ!!」


 はて? この若い声はどこかで聞いたことがあるような……

 面倒くさそうに後ろを振り返ったタカトの視界には、手拭いで汗をぬぐうコウセンの姿があった。


 なおもコウセンは続ける。

「お前も、万命寺で修行したんだろ! なら、お前だって『奉身炎舞』を極めたいと思ったんじゃないのか!」

「全然!」

 バカにするように顔だけ向けたタカトは即、否定した。


「嘘つくな! 万命拳を習ったものなら、一度は目指してみたい思うはず! ガンエン様の奉身炎舞を見たことがないのかよ!」


 うーん

 万命寺での修行を思い出すタカト。

 かつて昔、いや、今の時間軸で言えば未来の事だが、オオボラと一緒に一度ガンエンに奉身炎舞とやらを見せてもらった記憶がある。

 確かに、その時はスゲェ~と思った。

 思ったのだが……それが間違いのもとだった。

 その奉身炎舞とやらが簡単に身につくと思って万命拳を習うと言ったが最後、それからガンエンにしごかれる地獄のような日々が続いたのだ。


 タカト自身、確かに父の敵であるディシウスを倒したいと思っている。

 そのために強くなれるのであれば万命拳の修行もありだと思っていた。


 だが、きつい!

 正直きつすぎるのだ!


 というか、今さら体を鍛えたところでどうにもならんだろ!


 ならもっと、自分に合った身体強化方法があるような気がするのだ。

 こう、なんというか、パワードスーツみたいな、体につけるだけで強くなる的な!

 そうそう、第五世代の魔装騎兵なんかはいい例だ。

 魔装騎兵になれば、万命拳なんて習得する必要はナッシングなのである。


 などと、当時、万命寺の境内で思っていたタカトは、厳しい修行からたびたび逃げようとしていた。

 だがガンエンも万命拳を極めた者である。

 そんなタカトが気配を殺して隠れていたとしても、たちどころに見つけて引きずり出してきた。


「なんで……ガンエンのじいちゃん……おれの居場所が分かったんだよ……」

「頭隠して尻隠さず! タカトや……お前は、隠れているようで、隠れていないんじゃヨ!」

「ちっ! やっぱり姿を完全に消さないとダメかぁぁ!」


 というか、姿が消えれば女風呂を簡単にのぞけるんじゃね?

 わざわざ遠くから隠れて見なくても、肌のぬくもりの感じる至近距離から見れるんじゃね!

 揺れるプリンのトン先にそびえるピンク色のサクランボ。

 そんなサクランボに、そっと息でも吹きかけようものなら……

 イヤン❤ という乙女の喘ぎ声が!

 これ! よくね!

 いや! いい! 実にいい!

 などと、ピンクの妄想をしているタカトであった。


 だが、次の瞬間、タカトのピンクの視界は、ブラックアウトとともに星が飛ぶ。

 薄れるタカトの意識に飽きれかえるガンエンの声が響いていた。

「だからいつも言っておるじゃろ……受け身をとれと、受け身を……タカトや……」

 そう、いつものようにガンエンによって石畳に頭から叩きつけられていたのだった。


 過去のつらい経験がにわかに思い出されたタカトは、コウセンを怒鳴った。

「奉身炎舞より、わが身の保身のほうが大切じゃい!」


 飽きれるコウセン。

「なんだそれ、修行するのに保身って……お前……もしかして、受け身すらマスターできてないとかか!」

 ギクり!

「そ……そんなわけあるかい!」


 そんな二人に興味を示したのか末弟のコウテンも修行をほっぽり出して口を出してきた。

「なら、タカトさん! コウセン兄と試合してみるっすよ!」

 その提案にコウセンが嬉しそうに飛び乗った。

「よし、タカト! 俺と練習試合しようぜ!」

「アホか! お前らと試合などしたら、命がいくつあっても足りんわ!」

 速攻、拒否るタカト。プライドもくそもあったものでない。


「怖いのかよ! ビビりかよ! この腰抜け!」

 コウセンがホレホレと言わんばかりにタカトを挑発する。

 だが、そんな挑発はいじめられっ子のタカトにとっては何ら効果を発しない。

「悪いかよ! ばぁーーーーーか!」

 もう、子供のケンカである。


 広場の横でひときわ大きくなっていくけなし合い。

 長兄のコウケンとガンエンもあきれかえってやってた。


 間に入るガンエン。

「タカトや、お前……未来から来たそうじゃな」

 すでにガンエンは権蔵からタカトたちの話を聞いたようである。

 だが、にわかには信じられない様子であった。


「タカトや、お前、未来の万命寺でコウケンたちと修行していたのではないのか?」

 タカトが万命寺で修業をしていたという未来の話が本当であれば、その頃にはガンエン自身は万命寺に戻っていることになる。

 とすれば、この三兄弟もまた、万命寺で修行していたはずなのだ。


「アホか! こんな血の気の多い奴らと一緒に修行なんかしてたら、もう、この世にはおらんわ!」


 タカトのその言葉に首をかしげるガンエン。

 という事は、万命寺には三兄弟は不在という事なのだろうか。

「タカトや、お前は一体誰と修行をしておったのじゃ?」


「えーっと、オオボラだろ、それとコウエン! あっ、コウエンは万命拳というより医者の修行か……」


 その言葉を聞いた三兄弟の顔に驚きの色が浮かんだ。

「お前! なんで妹のコウエンのこと知ってんだよ! まだ、あいつ2歳だぞ!」

「コウセン兄い! こいつロリコンすよ! ロリコン! コウエンを狙っているっすよ!」

 コウセンとコウテンが大騒ぎをはじめた。


 だが、それをよそに長兄のコウケンは静かに口を開いた。

「どうやら、君が未来から来たという事は本当の事のようだね」


 この場にいない妹のコウエン。

 いや、それどころか、今までの会話の中でコウエンの話など出てはいないのだ。

 それなのにこのタカトというこの男は、コウエンのことを知っていた。

 あらかじめ自分たちの事を調べていたという可能性もあるが、コウエン以外の三兄弟については初見の反応だった。

 という事は、下調べをしていたという可能性はほぼないだろう。

 なら、可能性はこの男はコウエンと関係があるという事なのだ。

 ――2歳の妹と?

 父や母のもとにいるコウエンと親しくなっていたのであれば、自分たちの耳にも話が入ってくるはず。

 だが、それがない……

 ということは、自分たちが知らないコウエンと関係があるという事なのだろう。

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