第559話 新たな情報が入りました!

 夕暮れの駐屯地の広場を疲れ切った表情を浮かべたタカトが歩いていた。

 よほど肩がこったのだろうか、右手を左肩にのせたまま肩をグリグリと勢いよく回している。

「大体、100個って言ったじゃないか!」


「仕方ないじゃない……タカトが雑なことするから、やり直しなったんじゃない……」

 タカトの横を歩くビン子もまた、うつむき声を出すのがやっとの様子。

 こちらもどうやら相当に疲れ切っているようである。


 だが、タカトは、そんなビン子の声に耳を傾けることなく、駐屯地の空に大声を飛ばした。

「だからと言って、なんで追加があるんだよぉぉぉ! おかしいだろ! そんなの詐欺じゃぁぁぁぁぁぁっぁ!」



 工房内で権蔵の仕事の手伝いをすると約束したタカト。

 あれから後、5時間ぶっ通しで道具作りに精を出していたのであった。


 タカトは権蔵からあてがわれた工房内の作業机に座ると、てきぱきと作業をこなしていった。

 小汚い木目調の机の上に置かれた武具を、片っ端から融合加工していた。

「うりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 うーん、てきぱきと言うよりは、怒涛の勢いと言った方が適当だろう。

 もうね、タカト君、自分の道具を作りたくてうずうずしているようなんですよ。

 まぁ、工房内には見たこともないレア素材があるわけですから、仕方ないよね。

 だからもう、いやなことはさっさと片づけるに限る!

 こういうモードになったタカト君の集中力はものすごいのです!


 目の前の武具の融合加工が完成すると、タカトは大声を上げた。


「ビン子! 次!」

 作業台を前にして一向に動こうとしないタカト。

 ふんぞり返った姿勢で偉そうにビン子に命令した。

 おいおい、一体どれだけ亭主関白やねん!


 だが、その命令に素直に従うビン子ちゃん。

「はい!」

 ビン子によってタカトの目の前の武具がさっと取り替えられる。

 それはまるで江戸時代。

 上座の旦那様のお膳をさっと入れかえ女中の様。

 何か……けなげですよねぇ。

 というか、時代錯誤?


 タカトは目の前に武具が置かれた瞬間、すぐさま口に含んだ魔物素材をぺっと吐き出した。

 そして、間髪入れずにハンマーを一振り!


 かコーン!

 かコーン!

 小気味のいい金属音が二つ鳴り響く。

「ビン子! 次!」


 そう二つの音から分かるように、タカト君は両手にハンマーをもって二つ同時に作成していたのである。

 だから、道具を入れ替えようにも手が足りないのだ。


 えっ? 足があるだろうって?

 足は足でね、次に使う魔物素材をあれやこれやと選別しているわけですよ。

 足先で掴みとった魔物素材を体を丸めて口に運び、武具が置かれると同時ペッと吐き出す。

 これを何度も繰り返す。

 もう、その様子は椅子に座る5本足のヒトデが、ひっくり返っては起き上がろうとしているかのような動きでクネクネと異様!

 だから、そのせいで先ほどから椅子にふんぞり返って座っているように見えていたのだ。


 何? ヒトデならもう一本足があるだろって……

 え~ あれを動かすの?

 さすがにダメでしょ……

 もうあと残っているヒトデの足は、股間の一物だけ。

 さすがにそれはビン子の前では出せないでしょ……


 あっ! ただいま、新たな情報が入りました!

 え~ 情報によりますと、正しくは、ヒトデの足とは、5本の足のように見える「腕」の裏に無数についている「管足」、いわゆる透明な小さなうねうねの事を言うとのことだそうです。

 従いまして、上記のタカト君は足ではなくて腕を動かしていることになります。

 この場を借りて訂正させていただきます。

 あ! だからタカト君の最後一本はアームカバーをかぶっているのか!

 って、別にレッグウォーマーでもいいやろぉ!

 いやいや、タカト君のはそんなに大きくないですから! アームカバーどころか指サックで十分!


「ビン子! 次!」

「はい!」

 それは見事に息の合ったコンビネーション!


 そのおかげで融合加工の道具が、どんどんと凄い勢いで完成していった。

 普通の道具職人であれば、1時間に1個仕上げられればいい作業を、1時間で10個! いや、両手で作っているのでその倍の20個を仕上げているのだ。

 その気迫のすさまじさ。

 横で作業している権蔵ですら、白竜の剣を研ぐのを忘れて、あんぐりと開いた口が塞がらないほどのものであった。


「ヨシ! これで100個!」

 作業が終わったタカトがハンマーを天に掲げて伸びをした。

 ――疲れたぁ……でも、俺……よく頑張った。

 だが、そんなタカトの顔は疲れた表情など全くない。

 ――頑張った俺をほめてあげたい。

「えらいよタカト君!」

 ビン子にもほめてもらえないタカトは、自分で自分を褒めるしかないようであった。


 その横で、タカトが作った完成品を手に取ってみていた権蔵がぼそり。

「全部やり直し……」


 それを聞くや否やガクっと椅子から崩れ落ちたタカト。

 当然のことながら大声を上げた。

「なんでだよ! せっかく俺が作った道具の、どこに文句があんだよ!」


 一つ一つ武具を手に取って机に並べていく権蔵。

「これなんぞ、融合の度合いが甘いから、強度に問題が出ておるわい! これは、融合点がぶれとるから、開血解放に使用する血液量が多くなっとる!」


「こんなの誤差だろ誤差!」

 ふてくされるタカトは腕を組んでそっぽを向いた。


「このどアホォォォが! これは守備兵たちの命を守るもの。ささいな失敗が命取りになるんじゃ! だからこそ、丁寧に、しっかりと作り上げにゃならんのに、何が、うりゃりゃりゃりゃじゃ! このどアホォォォがぁぁぁぁ!」


「じいちゃん! 今、ドアホって2回も言ったな!」

「2回じゃ足らんのかこのドアホ! ドアホ! ドアホォォォォオ!」

「くそ!」


「なぁ、タカト……道具というののは、ただ作ればいいというモノではないんじゃ……使うモノの気持ち、立場になって作るものなんじゃ……だからこそ、お前自身が使う道具は精魂込めて作っておるんだろうが……」

「……」

 もはや反論することできないタカト。


「今日は、もういい、明日またやり直しじゃ。もう休め」

「なら、俺の道具作りは……どうなるの……」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるタカト。


 その様子を見る権蔵は仕方なさそうに頭をかいた。

「やるなと言ったら、また雑な仕事をしそうじゃしな……夜、作業場が開いたら使ってもいいぞ」


 それを聞いたタカトの表情は明るくなった。

「やったぁ! さすがは爺ちゃん!」


「だけど、明日は、今日の分と合わせて200個だからな!」

「なんで200個なんだよ! 200個なんて無理だよ!」

「なら、1週間ほど缶詰じゃな! さぼるなよ!」

「これだと未来のじいちゃんと全く変わらんじゃないか!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る