第558話 レミドドソ!

 女陰棒じょいんぼうを机の上に置いた権蔵はタカトに声をかけた。

「お前、どうせすることないんだろ!」

 タカトは、股間を押さえながらうなずいた。


「なら、ワシの手伝いをしろ」

「なんでだよ……」


「いま、この駐屯地の武具を100ほど作成しているのところなのじゃが、そんな今日に限って、一之祐さまの白竜の剣の整備を頼まれての」

「で?」


「お前な……一之祐様の白竜の剣を研ぐのにどれだけ時間がかかると思っているんじゃ!」

「知らねぇよ! 両方やれよ! ジジイ!」


「できるわけなかろうが! で、武具作りをお前の方に頼みたいのだが、どうだ?」

「いやだ!」

「即答って……お前なぁ……わしの事を爺ちゃんって呼ぶ仲なんだろうが……」


「でも、未来のじいちゃん、絶対俺の事、覚えてないし!」

「仕方なかろうが、子供の顔なんて、いちいち覚えてられるか!」


「ふん! なら、今、ここで爺ちゃんを手伝っても意味ないだろうが!」

「じゃがな、おそらく、未来のわしは、お前の道具作りには感心しているはずじゃ……」


「うそだぁ! 未来のじいちゃんは、そんな事、一言も言ったことないぞ!」

「まぁ、おそらくそれはテレだろうな……」


「あの爺ちゃんがテレだなんて、あり得るかよ!」

「お前、本人を前にしてよく言えるよな……」


「だって、じいちゃん、俺の道具作りについて一言もほめてくれたことがないんだぞ!」

「そうじゃろな。たぶん、わしがお前をほめるのも、今が最初で最後じゃろうな……」


「なんだそれ」

「わしは道具作りの職人じゃ……」


「知ってるよ!」

「だからこそ、道具作りについては嘘は言わん……」

「……うん、知ってる……」


「お前の発想は、一流じゃ……」


「じいちゃん……今さら聞くけど……本当に権蔵じいちゃんなのか?」


「あぁ、多分な……お前の持つ小剣はワシの癖がよく残っとる。そして、お前の道具作りの基本は、未来のわしが教えたもので間違いない。おそらく、未来のワシはそんなお前を誇らしく思うとともに、妬ましくも思っていることだろう……」

「なんだよそれ……」


「未来のワシどころか、今のワシでも、お前の発想にはついていけんという事じゃ」

「そんな事、じいちゃん言ってくれたことなかったよ……」


「そうじゃろうな。そんな事、家族であるお前になど口が裂けても言えんじゃろう。今、ワシはお前と初めて会って、まだ情が生まれてないからこそ、職人としてモノが言える。だが、これから先、お前をシゴキあげていくうちに情が生まれたら、もう、こんなことは言え無くなるじゃろうよ……」


「ちょっと待て! じいちゃん……今、シゴキあげるって言ったか?」

「あぁ、そうじゃ」


「それって、どういうことだよ」

「お前、おそらく、道具作りの修行、あまりまじめにやっておらんじゃろ……」


 ギクり!


「未来のワシは、お前たちが可愛くて仕方がないのじゃろうな……こんな、甘っちょろい仕事をしておっても、目をつぶっておるのじゃから」

「甘っちょろい仕事って……道具作りの事かよ……」

「それ以外に何があるっていうんじゃ!」


「いや、一応、それなりに未来の権蔵じいちゃんにはしごかれて……」

「ドアホ! こんな、中途半端な仕事でどうする! やるなら、きっちりとやれ! だから、お前たちがここを去るまでに、ワシがきっちりとシゴキあげてやる」

「えぇぇぇぇぇ!」


「いやか?」

「いやに決まってるだろうが!」


 だが、そんななタカトの反応は権蔵にとっておそらく想定内だったのであろう。

「なら、空いた時間で何を作ってもいいぞ。しかも、工房内の素材を使い放題だ! それならどうだ?」


 ⁉


 タカトの耳が権蔵の提案にピクリと反応した。

 恐る恐る開くタカトの口。

 小さな声が漏れ落ちた。

「……何でも?」


 権蔵はニヤリと笑うと、ひときわ声を大にした。

「あぁ、なんでもじゃ!」


 餌に反応したタカトを一気に吊り上げようとする権蔵であった。

 だが、タカト本人はいまだにその釣り針を警戒している様子。


 そんなうまい話があるわけがない……

 大体、あの爺ちゃんだぞ……

 なら、すぐに気が変わってドアほぉぉぉって叫ぶに決まっているじゃないか。


 決まっている……

 決まっている……が……

 素材使い放題は捨てがたい……


 タカトが工房内をちらっと見渡しただけでも、見たこともないレアな素材がわんさかあるのがすぐに分かった。

 積み上げられた道具の山。

 おそらくその下には、まだまだ未発掘のレア素材があるかもしれない。

 薄汚れた棚の奥には、使い残された凄い素材の切れ端が落ちているかもしれない。

 見たこともない素材。

 触ったこともない素材。

 それは、まさに未知との遭遇! レミドドソ!


 こんな事を言われてタカトの制作意欲が刺激されないわけがない。

 その証拠に、先ほどからすでにタカトの目は目まぐるしく動き回り、すでに大方の素材をロックオン済みであった。


「……何作っても……怒らない?」

「あぁ怒らない……多分……」


「じゃぁ! やる! やらせていただきます!」

 タカトの顔がぱっと明るくなっていた。

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