第528話 エピローグ
「一之祐、私の言うことを信じてくれたの?」
静かになった部屋で、エメラルダは一之祐に尋ねた。
「いや、信じたわけではない。お前の言う事には、何一つ証拠がないんだからな」
「なら、なぜ?」
一之祐は腕を組んで天井を見上げた。
エメラルダの性格はよく知っている。
つまらぬ嘘はつかない。
しかも、今、話された内容は全てつじつまが合っている。
そうなってくると、逆にアルダインの方が魔の国と深くつながっている可能性すら浮かび上がってくるのだ。
だが、証拠がない。
このままエメラルダの話を信じるということは、アルダインの言うことが嘘だということになる。
いや、おそらくアルダインが言っていることの方が、ほとんど嘘なのだろう。
あのアルダインが持つ勅書も真の勅書かどうかも怪しいものである。
だが、たしかにあの勅書には王の印が押してはあった。
しかし、あの勅書からは王の生気をまったく感じられない。
本当に王がお書きになられたものか?
しかし、王の印が押された正式な勅書がある以上、勅書に対して疑念を抱くことは許されぬ。
「エメラルダ……お前……本当に謀反を起こそうと考えていたのか?」
静かに首を振るエメラルダ。
「そうだろうな……」
なら、アルダインが行った裁判そのものも茶番。
「最後に一番重要なことを聞く。お前の刻印は王によってはぎ取られたのか?」
「いいえ……王はいらっしゃいませんでした」
「それはおかしいだろ! ならどうやって刻印を除去したというのだ?」
「直にアルダインの手によって……」
「アルダインに?」
うなずくエメラルダは、左胸に手を当てた。
「アルダインによって、刻印ごと左胸を切り落とされたの……」
聞くや否や一之祐は声を荒らげた。
「おかしいではないか! その時点でお前はまだ騎士の刻印を持つ者のはず。ならば、その身に危険が生じる状況では必ず騎士の盾が発動するはずだ!」
権蔵からある程度は聞いてはいたが、やはり半信半疑であった。
というのも、裁判で騎士の刻印の剥奪が決まったとしても、エメラルダの体に刻印が残っている以上、その時点のエメラルダは騎士の加護を受けるのである。
すなわち、不老不死。
あらゆる危険から騎士の盾が、エメラルダの身を守るのだ。
しかもこの話は、融合国内で起こった話。
いわゆる内地での事。
魔人世界や異なる騎士の門内のフィールドならいざ知らず、聖人国のフィールドである内地ではすべての騎士の盾は必ず発動する。
ということは、いかにアルダインが騎士であったとしても、同様の騎士であるエメラルダの左胸を切り落とすなどという事は不可能に近いのだ。
「でも……ア……アルダインによって……胸を切り落とされたのは事実……」
思い出したくない過去を思い出したのか、エメラルダの体はブルブルと震えだす。
それを見た一之祐は声のトーンを静かに落とした。
「だが、この聖人世界で騎士を殺せるのは王だけだぞ……どうやって、アルダインはお前の胸を切り落としたというのだ」
「束があやしげな手のようなナイフで私の……私の……」
「もうよい……分かった」
――だが、アルダインの奴、騎士が騎士を傷つける方法でもを見つけたというのか。
と言って一之祐は自らの顔を手で覆った。
気になるのが束があやしげな手のようなナイフだ。
まさか……王の手ではあるまいな……
いや、そんなことはあるはずがない。
だがもし仮にそれが王の手であれば、そのナイフは王がつかんでいる事になる。
さすれば、騎士であったエメラルダの胸を切り落とすことは可能だ。
可能だが、不可能!
なぜなら、王もまた不死。
騎士の盾同様に王の盾も存在する。
すなわち、アルダインが王の手を切り落とすなど絶対に不可能なのだ。
不可能なのだが、もし、仮に、アルダインの手によって王の手を切り落とすことができれば、一連のエメラルダの話はつじつまが合うのだ。
だがしかし、そうなると王はどうなっているのだ?
王が姿を見せないことと何か関係があるとでもいうのか……
いや……やはりあり得ない。
この世界では、王を害するには王の手によるしかないのだ。
そのために騎士の門にあるキーストーンを集めて大門を開け、自国の王を敵国に殴り込ませるのである。
王を殺すにはこれしかない。
これしかないのだ……
なら……どうやって……
――いや、今は考えるのはやめておこう。
「かといって、このまま魔人国と通じたお前を見逃すわけにもいかん」
一之祐は頭の中に渦巻く疑念を振り払うかのように大きく息を吐いた。
「処罰の権限は俺に与えられている」
その言葉に、エメラルダはうつむくのみであった。
太ももの上のスカートを強く握りしめているのか、肩がこわばっている。
おそらく、次に発せられる一之祐の言葉を恐れているのかもしれない。
そんなエメラルダを見る一之祐は頭をかいた。
「まぁ、そのなんだ……お前の言うことは証拠はないが、筋は通っている。したがって、お前を国外に追放するものとする」
その決断に驚いた表情のエメラルダの顔。
てっきり死罪だと思っていた。
いや、死ねるならまだいい。
またあの時のように、暗い牢獄に閉じ込められて男達の慰みものにされるのかと思っていたのだ。
それが、国外追放。
要は、今隠れている小門の中から出てくるなという事である。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「だから、まぁ、エメラルダ……もう、二度とこの国に入ってくるな……その方が、お前にとってもいいはずだ」
エメラルダは震える口に手を押し当てて、小さき声を絞り出す。
「……御意」
一方、外ではタカトとヨークの悲鳴が聞こえていた。
大方、解き放たれたミーアとリンにしこたまどつかれていたのだろう。
「何すんねん!」
「私たちになんてことをしようとしていたんですか! この変態!」
さんざんどつかれたタカトとヨークは、逆にミーアたちに縛り上げられ、今や、ぐるぐると回っていた。
そう、できたばかりのメリーゴーランドならぬ『レリゴー乱奴』の上で。
恍惚な表情を浮かべるタカトとヨークは大声で叫ぶ!
「これはいいのぉぉぉ!
「これはいいのぉぉぉ!
そんな二人を白い目で見つめるビン子を含めた女三人。
キモ!……
こいつら変態や……
この世の異物! 害悪や!
「罵・声! 浴びながらぁ~揺れ出そおぉぉぉ~」
「少しもキモくないわ!」
権蔵の道具屋の中では一之祐がはつらつな声を上げていた。
「さぁ、話は終わった! 終わった!」
立ち上がった一之祐は、腰に携えていた剣を権蔵に差し出した。
「オイ! 権蔵、コイツの手入れを頼む!」
それは白竜の剣。
一之祐が愛用している第一世代の融合武具で、白竜の牙を権蔵が融合したものであった。
その白く輝く刀身は恐ろしく固く、そして軽く、何よりも美しい。
「御意」と受け取る権蔵。
そんな時、ケツを押さえたヨークとタカトが入ってきた。
「イテテテテ……」
「ケツが割れた……」
「それは元から……」
ビン子たちもまたタカトに続き家に入る。
それを確認した一之祐は大声を上げた。
「さぁ、飲むぞ! オイ! ヨーク! 街まで行って酒かって来い!」
「一之祐様……ついでに、お尻用の軟膏も買っていいですか?」
「どうした?」
「馬に乗りすぎて、お尻が少々……」
「うま?」
「少々、気性の荒い馬でして……」
「ほう……で、ちゃんと乗りこなしたのか?」
「ハイ! それはバッチリと! なっ! タカト少年!」
「おうよ! ヨークの兄ちゃん!」
がっちりと腕を組むヨークとタカト。
「いいぞ! 軟膏だろうが! 浣腸だろうが! 何でも買って来い!」
「了解しました!」
「俺も一緒に行く!」
「あっ! 私も!」
「ちぇっ! ビン子、お前も来るのかよ!」
「だって! タカト! あんた、一之祐さまのお金でムフフな本を買うつもりでしょ!」
「ちっ! せっかく新しく目覚めた世界を勉強しようと思ったのに!」
その様子を見ていたエメラルダも、嬉しそうに席を立つ。
「なら、私も!」
先ほどまでの神妙な面持ちはどこに行ったのやら。
一之祐はその変わり様に少々驚いた。
だが、おそらくエメラルダは、このタカトと言う少年と一緒にいると安らぐのだろう。
きっと、エメラルダの心も、そして、ヨークの心もきっと救われたのに違いない。
そう思う一之祐は笑顔を浮かべた。
「オイオイwww エメラルダ、お前、国外追放なんだって♪」
「そうよね」と明るい笑顔のエメラルダは、ちょこんと椅子に座った。
そんなエメラルダを見て一之祐は、
「せっかく騎士の呪縛から解けたんだ……これからは、お前の自由に生きろ……」
と寂しそうにつぶやいた。
そしてまた、一人ぼそっと権蔵も呟やいていた。
「なんで……ワシだけ仕事なんじゃ……」
作業場で白竜の剣を磨きながらぼやき続けていた。
「ワシだって……酒が飲みたいんじゃい!」
最強の硬度を誇る白竜の剣。
磨くだけでも一晩はかかる。
ということで、徹夜作業確定の権蔵じいちゃんは飲めません!
全く飲む時間がございません!
残念!
という事で、次回からは過去編に突入です。
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