第527話 悔しい……

 エメラルダは、静かに席に着くと、今までの事を話し始めた。

 ミーキアンとの出会い。

 第一の門での輸送部隊襲撃事件。

 その時に発した魔人騎士ヨメルの意味深なメッセージ。

 そして、その後、ミーキアンと共にこの不毛なる戦いの終結を模索したことを認めた。


 静かな部屋の中、一之祐は腕を組みながらエメラルダをまっすぐに見据えていた。

 エメラルダの小さき声。

 絞り出すかのようなか細き声は、ほんの先にいるにも関わらずおぼろげだ。

 それに対して、家の外では先ほどから、タカトとヨークのバカみたいな笑い声がハッキリと聞こえてくる。


「これが全てよ……」

「そうか……お前の目、おそらくウソはついていないのだろう……」

「……嘘なんか……つくわけ……ないじゃない……」

「確かに、魔人騎士と連絡を取り合っていたことはマズイ。だが、その気持ち分からんわけでもない」

「……?」

「かく言う俺もな、実は、相対する魔人騎士のハトネンのことを憎み切れんでな……あいつ、面白いほどバカな奴でな! ハハハハ」

「何が言いたいの?」

「いや、魔人もまた、人間同様に愚かしく可愛い生き物だという事だ」

「……」

「そんな魔人たちとなぜ戦わないといけないのかなどと、確かに今まで考えたことなどなかったな。一体、どうしてなんだ? なぁ、エメラルダ」

「私が分かるわけないじゃない……だから……その答えをミーキアンと模索していたのよ……」

「そうか……結局、分からなかったのか……という事は、二人で、示し合わせた結論はなかったという事だな……」


 エメラルダは外から聞こえる明るい笑い声に目を向けた。

「ヨークもまた元気なったようでよかったわ」

「すまないな。アイツあれでも、ほっとくとすぐに死にたがってな。危なっかしくて、とりあえず俺の目の届くところに置かせてもらった」

「いいわよ……その方がヨークにとってもいいと思うし……」

 相変わらず家の外からはヨークとタカトの楽し気な笑い声、そして時折響くビン子の怒鳴り声が聞こえていた。

「そうだな……アイツ、あんな風に笑い声をあげることができたんだな」

 一之祐は、権蔵に目をやって命令した。

「外のバカどもを呼んできてくれ!」

「かしこまりましたですわい」


 権蔵に連れられて部屋の中に入ってくるタカトとヨーク。

「なんスカ! 今、大事なところなんすよ!」

「そうだよ! いまヨークの兄ちゃんといいところまで行っていってるんだよ! 邪魔すんなよ!」

「こら! タカト! 一之祐様に向かってなんという口をきくのじゃ!」

 権蔵は、無理やりタカトの頭を押さえつけた。

「権蔵! 構わん! 放っておけ!」

 その言葉に驚いた権蔵は、慌ててタカトの頭から手を離した。

「ちぇっ! じいちゃんはいつもいつも偉そうなんだよ!」

「このドアホ!!!! お前のほうがよっぽど偉そうなんじゃぁぁぁ!」

 ゲンコツが一発ゴツン!

 タカトは頭を押さえて泣いていた。

「かなり痛そうな音がしたけど……大丈夫?」

 遅れて入ってきたビン子は心配そう。


 そんな様子を気にすることなく一之祐はヨークに命じた。

「おい! ヨーク! 魔人たちの縄を解いてやれ!」

「えっ! 縄を解くんですか!」

 驚くヨーク。

「えっ! 縄解くの?」

 同様に涙を浮かべながら驚くタカト。

 なんでお前まで……

 その反応に一之祐は、面倒くさそうに改めて答えた。

「あの魔人はおそらく害はない。だから、縄を解いてやれ」

「いや、そうではなくて……」

「⁉」

 意味が分からない一之祐。

 ヨークは、てっきりこの人間の世界で魔人を解き放つことに抵抗を覚えたものだと思っていた。

「一之祐様……今ですか? 今すぐじゃないとダメですか?」

「……あぁ……今スグにだ……」

 一之祐は困惑した表情を浮かべ始めた。

「少年よ……残念だ……」

「そんなぁ! それはないよ! ヨークの兄ちゃん!」

「俺だって悔しい……」

 ――ヨーク……お前、そんなに悔しいのか……

 一之祐はヨークの気持ちをおもんぱかった。

 魔装騎兵として魔人たちと戦う中で、多くの仲間たちをなくしてきたことだろう。

 そんなヨークだ、魔人に対しては一方ならぬ恨みを抱いていてもおかしくない。

 いやおそらく、聖人世界の人間であれば誰しも同じ気持ちだろう。

 そんな恨みの対象となる魔人を解放する。

 ハイと素直に従うことなどできようか、いやできるはずはない。

 ――許せ……

 一之祐は心の中でヨークに謝った。

「ヨークの兄ちゃん! あと少しで完成なんだぞ! 分かってんのか!」

「分かってるよ!」

「おれは、あの上で挟まれた肉が揺れるのを楽しみにしてたんだ!」

「俺だって、あの上で揺れるたびに歯を食いしばる口元を楽しみにしてたんだ!」

 こらえるかのように天井を見つめていたヨークは、何かを決断したかのように不意にタカトの肩にバンと両手を置いた。

「だが、一之祐さまの命令は絶対……あきらめよう……少年……俺たちの夢を……」

「いやだ……いやだよ……」

 目にたまった涙を手でぐしゃぐしゃと拭うタカト。

 そんな様子をぽかんと見つめる一之祐。

 全くもって意味が分からない。

 ――こいつらは一体、何を言っているのだ?

「さぁ、縄を解きに行くぞ」

 ヨークはタカトの首根っこを掴み引きずっていく。

 それでも抵抗を続けるタカト。

 部屋を出る瞬間、断末魔とおぼしき大声を上げた。

「いやだぁぁぁぁ! 俺は、『レリゴー乱奴』を完成させたいんだぁぁぁぁぁぁ!」


 キョトンとする一之祐は権蔵に尋ねた。

「なぁ、権蔵……『レリゴー乱奴』とは何だ?」

「さぁ、あのアホの事など、わしにも全くわかりませんですわい……なぁ、ビン子……ってもうおらんのかい!」

 すでに、ビン子は部屋の中にはいなかった。

 背後から届く権蔵の問いかけに対して一切、聞こえないふりまでして、すでにドアの外へと飛び出していたのだ。

 そんなビン子の顔は、恥ずかしさのあまり真っ赤に染まりふくらんでいた。

 ――バカじゃない! あんなヘンタイ道具の事なんて、一之祐さまやエメラルダさんの前で説明なんかできるわけないでしょ!



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