第526話 俺は権蔵の弟子だ!

 エメラルダに遅れること数分。

 タカトとビン子も帰ってきた。

 タカトは木を削る魔装騎兵を見つけるや否や、喜んで飛んでいく。


「なぁなぁ! ヨークの兄ちゃん! 開血解放までして何をしてるんだ!」

 タカトの朗らかな声。

 ヨーク自身その声に癒されたのか、先ほどまでの重く小さな声とは打って変わって明るい声に変わっていた。


「おぉ! 少年! これを見ろ!」

「なんだこれ?」

「よくぞ聞いてくれた! これこそ! 縛った女を乗せる三角木馬だ!」

「なんだって! あの三角木馬か!」

「あぁ! あの三角木馬だ!」


「バカぁ! なにが三角木馬よ!」

 赤面するビン子が大声で叫んだ。

 耳を押さえるタカトとヨーク。


 そんな三角木馬をミーアはまじまじと眺めていた。

 ――この男……先ほどから拳で木を削っていると思ったら、こんなものを作っていたのか……

 アホだ……こいつはアホだ……

 タカトに負けず劣らずのアホに違いない……

 だが、斧やナタを使わずに、拳一つで巨木をここまで削り上げるとはたいしたもの……

 しかし……しかしである。

 開血解放をし、無駄に魔血タンクを消費ししてまで作り上げたのが三角木馬……

 三角木馬といえばタカトのムフフな本にのっていたのを見たことがある。

 縛られた裸体の女が、その木馬の上で恍惚な表情を浮かべていたのだ。

 ゴクり……


 得意満面のヨークが腰に手を当て偉そうに言い放つ。

「どうだ少年! これが大人の世界というものだ!」


 タカトは、目をキラキラさせる。

「さすが兄ちゃん! やるな!」

「では早速、乗せてみるか!」


 ちっ! ちっ! ちっ!

 タカトは顔の前で指を振った。


「兄ちゃん! 甘い! ここからだよ! ここから!」

「どういうことだ!」

「木馬は上下に動いてなんぼの世界!」

「なに! これを上下に動かすというのか!」

「そう! さらにぐるぐると回転させる!」

「おぉ! それは激しいな!」

「回転木馬! ありのぉ~ままのぉ~姿乱れるのよッ! ってことで名付けて! 『レリゴー乱奴ランド』!」

「メリーゴーランドとちゃうんかい! もうええわ!」

 そんなビン子のツッコミも、すでに二人の耳には届かない。


「しかし回転木馬など、そんな大がかかりな事できるのか?」

「できる! 俺を誰だと思っているんだ! コレでも道具作りの名人権蔵の弟子だぞ!」

 すでに家の中にエメラルダと共に入っていた権蔵が、何か今、すご~くバカにされたような気がしたのは、きっと気のせいだろう。


 道具屋の中は相変わらず薄暗い。

 入り口を入ったすぐには権蔵が作った道具が並べられている陳列棚が埃をかぶって静かに立っていた。

 だが、それよりも目を引くのが、部屋の真ん中にドンと置かれた古いテーブル。

 道具屋の店先だと言うのに、そんな大きなテーブルがどうどうと場所を取っていた。

 このテーブル、毎朝、タカトとビン子が朝食をとっている場所である。

 客の来ない店内は、タカトたちの日々の生活のスペースとなっていたのだ。


 そんなテーブルの奥に一之祐が腕を組み、難しい顔をしながら座っていた。

 一之祐の前に出されたお茶が一つ。

 今だ手を付けられることもなく熱々の湯気を立てていた。

「なぁ、権蔵……俺、熱いの苦手だって知ってるだろ……」


 家の入り口から入ってきた権蔵は頭をかいた。

「そうでしたわい……ついうっかり……エメラルダ様の事を考えておりましたらすっかり忘れておりましたわい……」


 そんな権蔵の後に続いて家の中に入ってくるエメラルダ。

 だが、その顔はうつむき何も話さない。

 それどころか、一之祐と目すら合わさない。


 ちらりと見る一之祐。

「久しぶりだな! エメラルダ! ちょっとここに座って話を聞かせろ!」

 自分の対面のテーブルをこんこんとつついた。


 それに急かされるかのようにエメラルダは、ゆっくりとテーブルに近づく。

 だが座ったのは、一之祐から遠く離れた対角の席。


 一之祐が声を荒らげた。

「オイ! それじゃ……話しづらいだろ……」 


 その言葉にビクリと体を震わせ、肩をすぼめるエメラルダ。

 下をうつむいたまま動かない。

 それどころかよくよく見ると小刻みに震えているではないか。

 一之祐同様、融合国の騎士の中で最強とうたわれていた元女騎士がである。

 これでは、まるでただ男におびえる少女ではないか。

 やはりよほどのことがあったのだ。

 権蔵から話を聞いてはいたが、男達から凌辱されたのは間違い無いようだ。

「ハァ……まぁ、いい……ところで、お前、顔に罪人の刻印を入れられたと聞いていたが……」

 一之祐は、テーブルに頬杖をつきながら話しかけた。


「……タカト君に治してもらったの……」

 やっとのことで口を開いたエメラルダ。

 だが、その言葉は静かな部屋の中でさえも、小さく聞きにくかった。


「すごいな……全然わからんな。確か……タカトって言ったら、権蔵、お前の子供だったよな?」

 エメラルダの背後に立つ権蔵にちらりと視線を向ける一之祐。

 それに気づいた権蔵は、小さくうなずいた。


「で、俺はその罪人の刻印の事について話を聞きに来たわけだが……」

 再びエメラルダに視線を戻した一之祐。

 だが、その眼光は、先ほどまでと違って鋭く厳しい。


「その前に……ミーアとリンを解放してください……」

「魔人を解放しろだと? お前、正気か? いくら、騎士でなくなったとはいえ、言っていい冗談と悪い冗談ぐらいは区別がつくだろ」

「ミーアは人を食べません! それどころか、こちらに来てからまだ、誰も殺してないんです!」

 エメラルダは、机をどんと叩くと勢いよく立ち上がった。


 先ほどまでとは打って変わったエメラルダの様子に一之祐は少々のけぞった。

 エメラルダの性格はよく知っている。

 お互い不老不死の騎士として長い年月ともに戦ってきたのだ。

 実際の家族の事よりもよく知っているぐらいである。

 このエメラルダという女は、情に厚いが決して嘘をつくような人間でない。

 そのエメラルダが、必死にかばいだてしているとなると、その話もまんざら嘘でもないのかもしれない。

 だが、はいそうですかと、簡単に解き放つわけにはいかない。

 拘束した二人は、有効な交渉材料になりうるのだ。

 また先ほどと同じようにエメラルダにだんまりを決め込まれてはたまったものではない。

「それは、お前の話を聞いてから決めることだな」


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