第525話 覆われた顔

 一之祐の脳裏に浮かぶのは王の勅書。

 アルダインが一之祐の鼻っつらに押し付けたエメラルダ謀反の知らせである。

 それに疑念を抱いた一之祐は、アルダインに真偽を問うた。

 だが、アルダインは王の勅書を盾に、一之祐に命令を下す。

「お前が、逆賊エメラルダを処罰して来い! 王の命令であるぞ!」

 笑いながら去り行くアルダインの背を思い出すたびに、疑念はさらに膨らんでいく。

 あのエメラルダが魔の国と通じている? そんなバカな?

 騎士の刻印のはく奪は王でないとできないはず……我らの王が、そのようなことをするだろうか?

 そもそも、王はどこにいらっしゃるのだ!

 何かがおかしい。

 いや、全ておかしい。

 なら、手始めにエメラルダ自身の口から事の次第を聞けばいい。


 一之祐は権蔵にアルダインのもとでみた勅書の件を話しはじめた。

 権蔵は一之祐の話を聞き終わると、

「分かりました。真偽は一之祐様ご自身でお確かめください」

 スッと立ち上がる権蔵は、タカトとビン子に声をかけた。

「タカト! エメラルダ様をココにお連れしろ!」


「ちぇっ! さっき小門を出たと思ったら、またとんぼ返りかよ!」

「仕方ないじゃない! ミーアさんとリンちゃんが捕まっているのよ!」

「そうだよな……あっという間だったな……」

 小門に向かう途中の森の中、タカトは一之祐とミーアとの戦いを思い出していた。

 それは一瞬の出来事。

 家のドアからミーアが飛び出してきたかと思ったら、あっという間に、勝負はついていた。

 地面に転がるミーアとリンの体。

 あの時タカトは、一瞬のことで訳が分からず、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 ――本当に何もできなかった。

 拳を握りしめるタカト。

 ――あの一之祐ってやつ……まだまだ、本気を見せてないじゃないか……

 タカトの握りしめた拳が小刻みに震えていた。

 怖い?

 怖いんだ……

 だが、親の仇を打つという事はディシウスと殺しあうという事。

 ミーキアンの話ではディシウスは、あの一之祐と互角にやりあったことがあると言う……

 あの一之祐とだ……

 自分が剣を取ってディシウスに立ち向かう。

 そんなことができるのか。

 仇を打つというのことは、そう言う事なんだ。

 遊びじゃない、殺し合いなんだ……

 でも、俺は、あの時、なんにもできなかった……

 本当に、なんにもできなかったんだ……

 ――俺って、めちゃめちゃ弱いじゃん……

 唇がわなわなと震えだす。

 こんな調子で、ディシウスに勝てるのかよ……俺……

 本当に父ちゃんの仇、打てるのかよ……俺……


 ビン子は、横に並ぶタカトの様子を不安そうに見つめていた。

 いつにもなく神妙な表情はどことなく寂しい。

 いや、寂しいというより孤独。

 何だかタカトの心がどんどんと遠くなっていくような。

 タカトの心が赤黒く染まっていくような気がしていた。

 ――行かないで……タカト。


 しばらく後、ガンエンとコウエンに守られながら権蔵の家にやってきたエメラルダ。

 木にもたれかかるかのように縛られているミーアとリンを見つけるやいなや小走りに駆け寄った。

「ミーア、大丈夫? リンちゃんもケガはない?」

「あぁ、大丈夫だ……」

「……」

 二人は、言葉少なに答えた。

 そんな二人の横で、一人の魔装騎兵が懸命に横たわる木を削っている。

 しかも、自分の拳で、ゴンゴンと!

 斧を使えよ! というツッコミでも期待しているのだろうか。

 だが、エメラルダから発せられた言葉は、

「そのトラの魔装装甲はヨークね……無事だったのね……よかった」

 木を削るために振り上げていたヨークの拳がピタリと止まった。

「ヨーク……あの小門の中で、私たちを守ってくれてありがとう」

 だが、ヨークは何も答えない。

「あの時、魔血もないのに開血解放したから、心配で心配で……」

 ようやく重たい口を開いたヨーク。

「心配? ……第六の駐屯地の仲間たちの事も考えたことあるのかよ……」

 エメラルダは、うつむき声を絞り出す。

「……ごめんなさい……」

「ごめんなさいってことは、自分の非を認めるんだよな!」

 トラの魔装騎兵は振り返るやいなや、拳を振り上げた。

 その握りこぶしはヨークの頭上でワナワナと震えている。

 咄嗟にコウエンがエメラルダの前に立ちふさがろうとしたが、その動きをガンエンが制止した。

 黙ってみていろと言わんばかりに、静かに首を振るガンエン。

 だが、エメラルダは何も言わない。

 静かに時間だけが過ぎていく。

「何もしゃべらないんだな……」

 ヨークは力なく拳を降ろした。

「まぁいいや……どうせ一之祐さまには話さないといけないんだから……それを後から聞けばいいだけのこと……」

 そうつぶやくと、ヨークはまたエメラルダに背を向け、拳で木を削り出した。

 だが、その音は先ほどよりも少々荒々しく聞こえるような気がする。

 おそらく今のヨークは、泣いているのかもしれない。

 いや、怒っているのかもしれない。

 だが、魔装装甲によって覆われたトラの表情からは、その様子を伺い知ることができなかった。



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