第524話 許せ♥

 奴は騎士!

 決死のリンの一撃であっても、それは簡単にいなされる。

 いや今度は、いなされるだけでは済まない。

 死ぬのはリン自身……

 そんなことは、リンだって分かっているはず……

 なのになぜ……

 その刹那、ミーアの体は跳ねていた。


 ミーアの体が風になる。

 瞬く間に一之祐との距離を詰めたミーアの体が飛び上がる。

「お前の相手はこっちだぁぁあ!」

 渾身の力が込めた剣。

 一直線に一之祐めがけて振りおとす!

 ――リンは殺させない! 絶対に殺させない!


 だが、ミーアの瞳に映ったのは、唾液を吐き出すリンの顔。

「うげぇ!」

 リンの瞳から色が消えた。

 崩れゆくリンの体。

 ――間に合わなかった⁉

 たちまちあふれるミーアの涙。

 落ちゆく緑の瞳から取り残された涙が、数個の水滴となって宙を舞う。

 それは、まるで天へ昇っていく小さな魂。

「リーーーーンッ!」

 一刹那。

 激しく打ち下ろされるミーアの剣。

 銀色の閃光が一直線に一之祐を襲う!

 鋭い斬撃。

「くたばれぇぇぇ!」

 だが、次の瞬間、ミーアの顔面は地面に沈んでいた。


 上空からミーアの剣が打ち下ろされた瞬間、白竜の剣は一之祐の手の中でくるりと小さく回った。

 鋭く突き上げれる剣の束。

 その一撃がリンの腹部を直撃した。

 崩れ落ちるリンの体をものともせず、勢いそのままに突き昇る。

 天へと突き上げられた一之祐の腕が飛び込んでくるミーアの首を絡めとると、反転、地面にねじ込まれた。


「うぐぐぐ……」

 地面に這いつくばるミーアの瞳。

 泥まみれの唇をかみしめていた。

 ――強い……コイツかなり強い……


 チャリっ!

 ミーアの首に冷たい感覚が走った。

 それは、恐ろしいほど冷たく鋭い感覚。

「動くと切る……」

 いつしかミーアの首に白く輝く刃が当てられていた。

 一瞬の出来事で理解できないミーア。

 一筋の血がミーアの首筋に赤き線を描いて垂れていく。

「安心しろ……そこのメイド女は気を失っているだけだ……」

 ミーアは小刻みに震えながらうなずくのが精一杯だった。

「お前……神民魔人だな。ここで何をしている」


 家の中から権蔵が慌てて飛び出してきた。

「一之祐さま、そのものは決して害をなす魔人ではありませんのじゃ!」

 瞬間、権蔵は地面に頭を激しくこすりつけていた。

「もうしわけございません! 魔人を隠し立てしたことは、本当に申し訳ございません! しかし、一之祐様! この魔人は、エメラルダ様を必死に救い出してきたのでございます!」

 魔人を匿っていたことを詫びながら、ミーアがエメラルダを救出したことを懸命に話した。


 それを静かに聞く一之祐。

「あのガメル侵攻はお前たちが仕組んだものか」

 うなずくミーア。

「あの時、ガメルによって多くのものがなくなっている、ことの次第によってはお前を切らねばならぬ」

 一之祐は権蔵を睨み付ける。

「その話が本当かどうかはエメラルダに直接確認を取る! 今すぐ、ココにエメラルダを連れてこい!」

 だが、権蔵は地面に頭をこすりつけながら抵抗する。

「今や、エメラルダ様はお命を狙われる身……いかに一之祐さまのご命令とあれど、エメラルダ様の命を差し出すわけにはまいりません」

「権蔵! お前との仲といえども罪人をかばえだてすれば切り捨てるぞ」

「覚悟のうえでございますじゃ!」

 一之祐をまっすぐにらみあげる権蔵の瞳。

 だが、それとは裏腹に地につく手の指は小刻みに震え、地面を削っていた。

 おそらく、それは、権蔵の覚悟。

 一命を賭してでもエメラルダを守ると言う覚悟なのだろう。

 こうなると権蔵は、てこでも動かないことは一之祐は知っていた。


「ふぅ」と一息つく一之祐

「おい! 出て来い!」

 茂みの奥からヨークが照れくさそうに出てきた。


「ヨークの兄ちゃんじゃないか! 生きてたのか!」

 タカトが嬉しそうに声をかけるも、恥ずかしそうにヨークは軽く手を上げて答えるのみ。


 一之祐はヨークに命じた。

「おい! ヨーク! 俺の神民としての初任務だ! この魔人とメイド女を縄で縛っておけ!」

 ヨークは今や一之祐の神民となっていたのだ。

 元エメラルダの神民であったのだが、エメラルダの騎士の刻印はく奪に伴って一般国民に戻されたため再雇用は可能なのである。

 だがまぁ再雇用となると待遇は悪いのはこの世の常。

 いまや、ヨークは一之祐の小間使いである。

「はいはい、分かりましたよ……」

 ヨークは携えていたロープでミーアとリンを縛りはじめた。


 タカトはヨークの背後から縛る様子を眺めていた。

「なぁ……ヨークの兄ちゃん、もうちょっときつく縛った方がいいんじゃないのかなぁ?」

 作業の手を休めないヨーク。

「これ以上縛ると、女の柔肌に縄の跡がつくだろうが……」

「分かってないなぁ兄ちゃん! それこそがエロスというものじゃないか!」

「そうなのか?」

「そうそう、そこを挟むように肉を盛り上げて!」

「お前、少年のくせに意外によく知ってるな!」

「これでも俺、勤勉な方だからね!」

 アっ……

 あぁん……

 あえぎ身もだえる二人。

「悪いな。命令だから仕方ないんだ! 許せ♥」

 少しうれしそうなヨークとタカト。

 後ろに立つビン子は不機嫌そのもの。

 その組んだ腕の中でハリセンがピクピクと揺れていた。


 一之祐は剣をさやに納める。

「なぁ権蔵……俺は、なにもエメラルダの命を取り来たのではない。騒動の真偽を確かめに来ただけだなのだ」














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