第181話 タカト入院する(4)10/2改稿

「あっ! 忘れていた!」

 タカトはポンと手を叩いた。一体何を忘れていたというのであろうか。多分ろくなものではないだろう


「何か忘れもの?」

 アルテラは不思議そうにタカトを見つめた。

 タカトは大きくうなずく。

「そうなんだ、ベッドで起きた時、お前、めちゃめちゃ綺麗だったから、つい見とれてしまって、あの時、マジで言うのを忘れてたわ!」

「えっ!?」

 アルテラの頬がみるみる赤くなっていく。

 緑女のことを可愛いと言ってくれる男がいた。

 二度も死の危険から命を救ってくれた男が、さらりと言う。

 恩着せがましさも何もない……

 しかも、自分のあこがれとする男とうり二つの男からである。

 アルテラの目頭にみるみると涙の粒が大きくなっていく。

 もお、コレは運命かもしれない。

 いや、赤い糸で結ばれているのかも。

 これが夢なら覚めないでほしい。

 切に願った。


 タカトは頭を深々と下げて両手を突き出した。

「おっぱい揉ませてください!」

 !?

 アルテラは固まった。

 いや……普通、あのあの女泣かせの言葉の後にこの言葉はないだろう。

 いや、別の意味で女泣かせの言葉ではあるが。

 本当にデリカシーのかけらもないのかこの男は。

 マジでバカなんじゃなかろうか……


 しかし、アルテラから発せられた言葉はさらに意表をついた。

「うん」

 ありえへん!

 変態でっせ! コイツ!

 しかし、アルテラは満面の笑み。

 少し傾いた笑顔からは、涙がこぼれている。

「あなたなら、いいわよ! だって……もう、恋人どうしだもんね」


 顔をあげるタカトの方が、逆に固まった。

 予定していたリアクションが違う……ハッキリ言って思っていたのと違います。

 これは、どこで間違ったのか……

 もしかして、地雷女……

 地雷を踏んだか、踏んでしまったのか……・

 タカトは、後ろから飛んでくるハリセンを期待して、辺りをきょろきょろと見渡した。

 このシチュエーション! ここでハリセンが飛んでこんと、マジで気まずい。

 ビン子ぉぉぉ!

 タカトは、心の中で切に願った。


「アルテラさま、そのような下賤な者とお話になっては、アルダイン様のご威光に傷がつきます!」


 厳しい一言が場の空気を切り裂いた。

 美人秘書のネルが歩いてきた。

 ネルの側にはオオボラが控えている。

 ネルは、タカトへ侮蔑のまなざしを向ける。


 その瞬間、タカトと話していた笑顔のアルテラの目が、鋭く吊り上がる。


「お前に言われる筋合いはない!」


 アルテラの威圧に、ネルの肩がピクリと揺れる。

 立て続けに吠えるアルテラ。


「汚らしい私のそばによるな! 私の目の届かないところに行け!」


 悲しい表情を見せるネルは、静かに頭を下げた。


「御意……」


 ゆっくりと後ずさるネル。

 ネルはオオボラの肩に手をやる。


「あとは頼んだわよ……」

「御意」

 オオボラはネルと顔を合わせることもなく静かにうなずいた。

 アルテラに背を向け、たち去るネル。

 その後ろ姿は、背筋が伸び、凛として美しいものではあったが、どことなく、もの悲しく寂しい雰囲気を漂わせていた。


 一方、タカトは、アルテラのすごい剣幕に驚いていた。

 目を丸くし、開いた口を閉じることすら忘れていた。

 タマもまた、びっくりしたのか、慌てて茂みの中へと身をひそめてしまっていた。


 オオボラは事態を収拾すべく、タカトに命じた。

「お前は早く病室に戻れ」


 とっさにアルテラがタカトの腕に胸を押しあてる。

「タカト君。私が送ってってあげる」


 うって変わったにこやかな笑顔のアルテラがタカトを見つめている。

 アルテラの中でタカトは、お前からタカト君へとレベルアップしたようである。


 しかし、タカトは、今だアルテラの変貌ぶりに驚愕し何も言えない。

 これは……地雷女確定!

 いやいや、もっと酷いか……

 絶対! 爆弾女や! コイツ!

 腕に伝わるやわらかい胸の感触など、もはや楽しむ余裕すらもなかった。


 オオボラは、アルテラの肩をもつ。

「アルテラさまも戻りますよ」

 少々力を込めてタカトから引き離した。


「また見舞いにくるからね。さっきの約束忘れないでね。ダーリン」

 アルテラが嬉しそうに手を振りながら去っていく。

 しかし、ダーリンとは……

 またもやレベルアップしたようである。めでたい!めでたい!


 アルテラとオオボラが去ったのち、ビン子が物陰からおそるおそる現れた。

「大丈夫?」

 一般国民であるビン子はいかにして神民街にある神民病院へもぐりこんだのであろうか?

 それは、カウボーイのオッサンが落とした通行証を使って城門をすり抜けていた。

 通行証には「ダンディ=ソロ」と、男の名前が入っているのであるが、それでも通れてしまったのである。

 まぁ、意外に城門の警備などはザルなのかも知れない。


「あぁ、タマのおかげで、なんとかな……」

「いやいや、タカトのことじゃなくて、あの女のひと。なんか悪そうには見えないんだけどね……」

「そうだな。なんか心にすっげー闇を抱えてそうだけどな……」

「ところで、まだ、家に帰らないの?」

「1週間ぐらいココにいろって! いいだろう!」

「何がいいのよ!」

「なんたって、飯がうまいんだぜ!。白飯が1日3回も出るんだぞ!」

「いいなぁ……一人だけ。私にも食べさせて」

「だめぇ~! お前ケーキくれなかったじゃん!」

「セコぉぉぉい! そんなことまだ根に持てるの」

「当たり前じゃ! 食べ物の恨みは恐ろしいんじゃ! 末代までたたってやるわ!」

「分かったわよ。今度は必ずあげるわよ。それでいいんでしょ」

「本当か! ならば、一口だけ白飯を分けてしんぜよう」

「殿……せめて二口……いや、三口お願いしますだ……」

「仕方ないのぉ……三口だけじゃぞ」

「ははぁぁ!ありがたき幸せ!」


 と言いながら、病室に帰っていく二人であった。







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