第180話 タカト入院する(3)

 ――タマは生きているのか。

 タカトは、とりあえず一安心した。


 ――しかし、タマのやつ……俺の居場所って分かているのか……まさか!

 タカトは、勢いよくベッドから飛び起きた。


 ――このままだとノラスライムとして駆除されるかも……


 慌てて自分の服を探す。

 椅子の上に丁寧にたたまれたズボンを掴み上げると、その上に置かれているゴミ……もとい、小さな道具が転がり落ちた。

 それは、小さな丸い筒状のもので、床をころころと転がっていた。


 ――あった! あった!


 その筒状のものを天にかかげ、自信満々に大笑いする。


「こんなこともあろうかと! 聞いて驚け! これこそタマホイホイ。タマがいなくなった時のことを考えて作っていたのだ。ワハハハ!」


 誰もいない病室にタカトの声だけが響いている。

 本来ならば、ここでビン子のそれは何と言う突っ込みが入るところであるが、今は残念ながらタカト一人である。


「むなしい……かなりむなしい……まぁ、とりあえず、セットだけでもしておくか」


 ガメルが融合国へ侵入してきた際、タマとはぐれてしまった。そのあと、タマは無事老馬を連れて戻ってきたが、もし、戻ってこれなかったらどうだったであろうか。

 誰かに見つかればスライムと言うことで、駆除されてしまうかもしれない。

 そうなってしまったら大変だ。

 タカトは、そんな心配から、タマが必ず自分のもとに帰ってくることができるように、その箱状の中にタカトの生気を練り込んだ紙を粘土状のものに包んであーだこーだと加工していれてあったのである。

 たぶん、日ごろタカトの腕に引っ付いているタマであれば、タカトの生気の香りを嗅ぎつけて戻ってくるだろう。たぶん。いや、無理だろう、だって……なんだかイカ臭い。

 タカトはタマホイホイを窓際に辺りを伺いながらそっと置いた。

 本当にそれは、タマのためなのだろうか……タカトの挙動不審な振る舞いは、何か別の目的があるのではないかと勘ぐってしまわずにはいられない。


 タカトは窓から外を見降ろした。

 窓から見える病院の中庭ではアルテラが何かを必死に探しているのが見えた。


 タマホイホイに呼び寄せられたのであろうか、タマが中庭の木の陰で震えていた。

 アルテラがその青い塊を見つけると、膝をつき優しく手を差し出した。


「怖くないよ。こっちにおいで」


 タマは、そーっと木の陰に隠れた。

 膝を折り四つん這いになるアルテラ。

 茂みからアルテラのかわいいお尻がつき出されている。

 地に擦れるアルテラのスカートのすそが、先ほどふった雨水を吸い上げて茶色に染まっていく。

 アルテラの美しい緑の髪に、うっとおしい蜘蛛の巣がまとわりついていくが、そんなことには気も止めない。

 アルテラは、根気強く、タマに呼びかけつづけた。


「お前のご主人様は大丈夫だよ。連れて行ってあげるから、こっちにおいで……」


 タマは木の影から少しだけ青い塊を突き出した。

 それとなくアルテラの様子をうかがっているようだ。

 アルテラは、安心させるかのようにやさしく微笑むと、頭の上に乗っかっていた木の葉がホロリと落ちた。

 緑の髪が優しく風に揺れている。

 タマがゆっくりと木の影からその姿をすべて現した。

 そして、そーっと、そーっとアルテラの手へと近づいていく。

 アルテラはタマを驚かせないようにじーっと動かず、微笑んだままであった。


「おっ! タマそこにいたんだ!」


 ビクッ!

 アルテラの後ろで声がする。

 アルテラの頭が、茂みを突き破り飛び起きた。

 木の葉が辺りに舞い落ちる。

 次の瞬間、タマはその声の主へと飛びついた。


「スライムにしては、よくなついているのだな」


 タカトにじゃれつくタマを見て、ムッとするアルテラ。

 あともう少しで触れたのに……と内心ちょっと不機嫌であった。


「まぁ、家族みたいなもんだからな」


 タカトは、じゃれつくタマをなでながら、優しそうにつぶやいた。

 その言葉を聞くアルテラの表情は、たちまち曇った。

 アルテラの目には涙が溜まり、木々の間から漏れる光をキラキラと反射しはじめた。

 小さく震える唇から、か細い言葉が漏れだした。


「家族か……私は小さい時に母を亡くして以来、神民学校に入れられて、家族の温かさというのがよくわからない。唯一の肉親が父だが、父も政務で忙しくお会いすることができない」


 寂しそうに顔をそむけるアルテラ。

 タカトは、その姿に心配そうに声をかける。


「お前……友達いないのか?」


「いないことはない。でも、すぐにいなくなってしまうんだ」


 アルテラは、ポケットから古びた紙を取り出した。


「なんだそれは?」

「私の宝物だ……」

「見せてくれよ」

「古いものだから大切にしてよ……」


 アルテラは、その古びた紙を丁寧にタカトへと手渡した。

 その紙を広げてまじまじと見つめるタカト。


「なんだただの手配書かよ!」

「私の初恋の人だ。どことなくお前に似ているだろう」

 照れながら下を向くアルテラ。


「そうか。初恋の人か。今どこにいるんだ。アタックしてみろよ!」

「ある日を境にいなくなってしまった。そして、蘭丸も……」

 寂しそうに答えるアルテラ。


 アルテラは咄嗟に何かを思いついたようにその顔をあげた。

「そうだ、お前も神民学校に入らないか」

「ははは、神民学校なんて一般国民の俺には無理だって。そもそも俺の夢はじいちゃんの道具屋を継ぐことなんだ。じいちゃんは腕のいい融合武具職人なんだ」


 笑いながら答えるタカトは、手配書を丁寧に折りたたみ、アルテラに返した。

 手配書を受け取ったアルテラは、それを大事そうにいつものポケットへとしまうと、タカトに尋ねた。


「お前も道具、作れるのか?」

「まぁな、でも、じいちゃんに比べたら、まだ見習いだけどな」


 パッと笑顔になったアルテラは、タカトに懇願する。


「今度私の道具を何か作ってくれ」

「いいけど、お代はきっちりいただくからな」

「あぁ、お前のとっても気に入るものを用意しておくとも。でも、いいか!約束を破るとこめかみギューだからな!」

 意地悪そうな笑いで答えるアルテラは、手をタカトの顔の前でグリグリと動かす。

 アルテラさまが、こめかみギューなどとおっしゃられるとは。

 まさか流行っているのか?

 ……いやいや、まさか、全く聞いたことがありません。

 タカト以外に使う者がいたとは驚きだ。


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