第511話 帰ります!(1)
「月がきれいですね……」
どうすることもできないタカトは、話題を変えようとした。
先ほどからミーキアンは窓の外に浮かぶ月をずーっと見ているのだ。
それに話題を振ろうとしたのか。
「あぁ……」
そう答えるミーキアンはどことなく寂しいそうである。
重い……重すぎる……
この空気を重く感じたタカトは、ちゃらけて雰囲気を変えようとした。
「まさか、もしかして月に行きたいとか? 鳳さん、コンニチハなんて!」
聖人国、魔人国の空に浮かぶ月。
騎士の門内のフィールドにも同じように浮かんでいる。
それぞれの月が同じ月なのかどうかは誰も知らない。
誰も月に行ったことが無いのである。
そんな、はるか上空にある世界。
聖人国では、そんな未知の世界に想いを馳せる。
月には鳳が住んでいると……
だが、そんなおとぎ話が本当の事なのかどうかなど分かりはしない。
「あぁ……そうだな……行けるものなら行ってみたい……」
ミーキアンから漏れる静かな言葉。
その言葉が冗談ではないことは、すぐに分かった。
いくらちゃらけたタカトでも、さすがに、「翼があるなら飛んでけよ!」などとボケをかます勇気はなかった。
必死に頭をひねるタカト。
話題はないか……話題は!
こんな時にリンでもいてくれればいいのだが……
そう言われれば、第三の門はリンとミーアのみが守っていたという。
そのミーアは今や聖人世界から戻れない。
リンはこの城でタカトたちの世話をしている。
と言うこは、門の中は誰がいるの?
というか、キーストーンは放っておいていいのか?
「ところで、キーストーンを守ってなくていいのですか?」
タカトは浮かんだ疑問をぶつけた。
ミーキアンは鼻で小さく笑う
そして、また月を見上げるのだ。
「もう私でも届かないところに置いてある……」
へっ? ミーキアンでも届かないところ?
「それは一体どこでげす?」
ミーキアンは寂しい笑顔を浮かべながら天をさす。
「あそこだ……」
その指先を見上げるタカト。
その先には大きな月が浮かんでいた。
朝が来た。
外ではまた、活動する魔物たちが入れ替わる。
朝は朝で騒がしい。
24時間、何かが叫び声をあげている。
本当にどこぞの繁華街のように眠らない。
ミーキアンは、タカトたちを広間に呼んだ。
眠そうに眼をこするタカト。
一方、ビン子とエメラルダは朝のお風呂までいただいていたようである。
湯上りの香りを漂わせタカトの横に並んだ。
その後ろには、昨日タカトが市場で買った奴隷たちが並んだ。
相変わらずきつそうな目で足を組むミーキアンが、椅子の上で頬杖をついて睨みを利かせる。
昨日のあの少女のようなキラキラの目や、もの悲しそうな目は一体どこに行ったのやら。
そんなミーキアンの指では、なにやら分からぬ道具がくるくると回る。
「昨晩、タカトが作ってくれたこの道具『フェラ○オ』」
「だから、略すな!『フェ・ラ・マチオーネ・ フォンドヴォー』だ!」
タカトが突っ込んだ。
「ああ面倒くさいのぉ! もう『コマネチ』でよいわ!」
と、勝手に名前を付け変える。
さすがにタカトは怒るだろ。
道具の名まえには、一方ならぬ思い入れがあるはずなのだから。
だが、そんなタカトは鼻提灯を膨らまし、ヨダレを垂らしていた。
「寝とるんかイ!」
横目で見るビン子は突っ込んだ。
ミーキアンは回るコマネチを手のひらでパッと掴んだ。
「そこにいる奴隷どもは、私が預かろう」
タカトの鼻提灯が割れた。
へっ?
あっさりと快諾の返事を貰えたのに驚いたのだろうか。
「そもそも、人間どもには魔の生気は吸い出せまい。なら、このコマネチを使えるのは私のみという事だ」
おっしゃる事はごもっとも。
しかも現状、ミーキアン以外の他の魔人に頼むこともできそうにない。
そもそも、魔の生気を吸いだして、死にかけの奴隷たちを延命させることに意味などないのだ。
そんな面倒くさいことをするぐらいなら、さっさと他の使い道を考える。
いくら奴隷たちが人魔症の末期といえども家畜のえさぐらいにはなる。
魔の生気を吸いだすよりも先に、エサにした方が楽なのだ。
だが、命と言うものに興味を示すミーキアン。
ミーキアンだからこそ、奴隷たちの魔の生気を吸いだし、少しでも長く生き残れる道を選択してくれるのである。
だが、それで奴隷たちの人魔症が治るわけではない。
ただの延命処置でしかないのだ。
ミーキアンは続ける。
「だが、人魔症を発症した時には、被害を抑えるために殺すことになるがいいな」
タカトはうつむいたまま。
分かっているが、どうしようもない。
これでも精一杯にやったのだ。
今自分ができることは本当にこれだけなのだ。
握る拳に力がこもる。
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