第512話 帰ります!(2)

 だが、後ろに並ぶ奴隷たちは手を取り合って喜んだ。

 中には涙を流すものまでいる。

 さも当然。

 ここは魔人世界。

 人間は食料である。

 しかも、この奴隷たちは人魔症の末期を患っている。

 すなわち労働の担い手として役に立たないばかりか、食料としてもなんら価値がない。

 残された道はただただ殺されるのを待つだけ。

 見世物として殺されるか、家畜のえさとして殺されるかだけの違いなのだ。

 それが、生きられる。

 しかも、奴隷の身分ながらも人として生きられるのだ。

 そもそも、不治の病である人魔症を患った身。

 魔の生気に完全に侵食され人魔となれば意識など完全に吹っ飛ぶ。

 そんな後に殺されたとしても、恐怖などみじんも感じない。

 どうせ、人魔となれば殺されるのだ。

 そんなことは問題のうちに入らない。


 奴隷たちは膝まづきミーキアンに感謝を述べた。

 ミーキアンは面倒くさそうにあしらう。

「私は、ただ、ミーアを助けてもらった恩義を返しただけの事。感謝をするなら、お前たちの主にするがよい」

 それを聞く奴隷たちが、タカトのもとに駆け寄った。

 奴隷たちは、膝をつく。

「この命が尽きるまで、タカト様に従います」

 ナナがタカトに飛びつく。

「タカト様! 私は、タカト様のお子を産みます!」

 !?

 その言葉に固まるタカト。

「な……なにを言っているのかな……チミは?」

 ナナは意地悪そうな目でタカトを見つめ上げる。

「こう見えても、わたし、養殖の国では、闇ツアーでやってくる人間たちを相手に天然物の繁殖行動をしておりましたので、子作りには自信がございます!」

 そんなナナの言葉を遮るかのように、他の女奴隷たちも追随した。

「このナナはまだ妊娠の経験をしたことがございません。私はもう、半魔を何人も生んでおります。きっとタカト様のお子もすぐに身ごもることができます」

「私も、命が尽きる前に、一度でいいので人の子を身ごもりとうございます」

 あっという間にタカトの周りに女たちが群がった。

「ちょっとまったっぁぁぁぁぁぁぁ!」

 そんな女奴隷たちを押しのけて肩を震わす女が一人。

 ズカズカと輪の中に割って入ってきた。

「あんたたち! 何言っているの! そう言うことは、二人が愛し合った後にする事でしょうが! 分かってるの!」

 そのビン子の剣幕に、奴隷女たちはびくりと驚き固まった。

 しかし、ナナがバカにするかのように笑った。

「私は、タカト様を愛していますけど。何か問題がございます?」

「はぁぁあ? 昨日会ったばかりでなんでそんなに簡単に愛を語るのよ?」

「一目ぼれという事もございますよ♥」

 ギュッとタカトを抱き寄せるナナ。

 ――くっ!

 ビン子が唇をかみしめた!

 タカトの二の腕に押し付けられたナナの胸。

 その柔らかいことこの上なし。

 すでにタカトの目はハートに変わっていた。

 ――タカト! 許すまじ!


 ビシっ!

 ビン子のハリセンがタカトの脳天に落ちた。

 ――なぜ、ココで俺がしばかれるんや……

 タカトの白目が、抱き着くナナの手から滑り落ちていく。

 ビン子の怒りの矛先は、へらへらと何もしないタカトへと向けられたようである。


 転がるタカトの首根っこをビン子がつかみあげた。

「タカト! 権蔵じいちゃんのところに帰るわよ!」

 こんなところにいれば、タカトは腑抜けになってしまう

 もしかしたら、大好きな道具作りすら忘れて子作りに専念してしまうではないか。

 その証拠にすでに口元なんかだらしなくたるみきっている。

 いやいや、こんなことは、聖人世界にいてもいつもの事。

 だが、今までは恋のライバルが現れたとしても一人や二人の話だった。

 それが、いきなり十数人の女たちがタカトに言い寄ってきているのだ。

 ありえない!

 さすがに、この数をすべていなすことは不可能!

 さっさと、この場から退散するのが吉というもの!


 広場の奥へとタカトを引きずるビン子にミーキアンが声をかけた。

「おい! もう帰るのか? しばらく逗留するのではなかったのか?」

 ビン子はふくれっ面をミーキアンに向ける。

「はい! もう帰ります! 大切な用事があるのを思い出しました!」

 子犬のように床に尻をこすりながら引きずられるタカト。

 そんなキョトンとした目がビン子を見上げた。

「えっ! ビン子ちゃん! 何の用事? もしかして、ウ●コ? ウ●コなの?」

「女子はウ●コをしません!」

「うそだぁ~」

「嘘じゃありません!」

「だったら、体にたまった老廃物はどうやって処理するんだよ!」

「そ……それは……きっと神様が『エイ!』って処理してくれるのよ!」

「なら、ビン子ちゃん! 俺のウ●コを『エイ!』って処理してくれ! さっきからトイレに行きたかったんだよ!」

 タカトは、自分のケツをビン子に突き出した。

 そのケツから顔背けるビン子はいやそうな顔。

「ちょっと! そんな汚いものこっちに向けないでよ! 大体、なんで私がそんな事しないといけないのよ!」

「だって、ビン子! お前、神じゃん!」

 ――うっ!……忘れてた……

「トイレットペーパーならぬ、トイレットゴッド!」

 ビシっ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る