第513話 一人ぼっちのミーア
そんなバカな二人に全く関心を示さないミーキアンは、エメラルダに静かに問うた。
「エメラルダ、お前はいかがする?」
エメラルダは、じゃれているタカトとビン子を優しい笑顔で見つめる。
「あの二人が帰ると言うのなら、私も帰ります」
「そうか……」
少々寂しそうな目をするミーキアン。
そして、立ち上がると、大声を上げた。
「オイ! そこの二人!」
バカをやるタカトとビン子の動きがビクリと止まる。
――はて……一体何の御用でしょうか?
恐る恐るミーキアンの方を伺った。
「その奴隷たちを預かるのに条件がある!」
へっ! そんな話、聞いてませんが??
――もしかして、私たちを代わりに食わせろとか?
――いやいや、きっと、奴隷たちの代わりに俺たちが肉体労働をしろと言うのではなかろうか?
皿洗い?
トイレ掃除?
もしかして、ケツ拭き係とか?
見合わせる二人の顔から脂汗が垂れ落ちる。
ミーキアンは、あきれた様子で腰に手を当てため息をついた。
「奴隷たちを預かる代わりに、リンを一緒に連れていけ」
はいぃぃ?
タカトは一瞬訳が分からなかった。
だが、よくよく考えると、これはもしかしたら奴隷のトレードというものなのでは。
十数人の奴隷女とミーキアンの奴隷であるリンとを交換。
すなわち、子作りの相手としてリンをという事なのか。
数的には少々、納得がいかない。
だが、リンは美少女!
誰が何と言おうとショーヘアーの美少女である!
なら、それはそれでいいのではないでしょうか!
聖人世界に帰った俺はご主人様!
家のドアを開けるとメイド服のリンが三つ指をつきながら出迎えるのだ。
「お風呂にします? ごはんにします? それとも、ワ・タ・シにします?」
そりゃぁもちろん! でへへへへ!
あっ!
ベッドの足が弱いな……あの足では激しい振動に耐えられない。
帰ったらベッドを作り直さなければ!
ついでにベッドの下のムフフな本の収納スペースにも鍵をつけておこう!
またまた、タカトの目はだらしなく緩み、ヨダレが垂れはじめていた。
――コイツ……また、エロい事を考えてる!
ビン子は、そんなタカトの思考をすぐに読み取った。
大方、リンとのエッチな事でも想像しているのだろう。
だが、ビン子はにんまりと笑う。
そう、ビン子は知っているのだ。
リンがタカトの事を何とも思っていないことを。
それどころか、なぜだかわからないが、嫌悪している節があることも。
そんなリンが、タカトとラブラブになるわけがない。
もし、指をつき出迎えるリンに、タカトが裸で飛びかかろうものなら、
「お風呂で死にます? 五分で死にます? それとも、タ・ワ・シで死にます?」
おそらくレモノワの部隊同様に間違いなく殺されることだろう。
しかも、タワシでゴリゴリと身を削られるように……
むごい……むごすぎる……
だが、リンならやりかねない。
――ウッシシシ! やれるものならやってみなさいヨ!
しかし、エメラルダは、膝を折りミーキアンに感謝を述べた。
「ありがとうございます」
というのも、聖人国に帰るためには、あの小門を通らねばならないのだ。
もしかしたら、その中にはレモノワの配下のネコミミのオッサンが身を潜めているかもしれない。
エメラルダ一人でタカトとビン子を守りきる自信は、残念ながらない。
だが、リンと言う強い助っ人がいれば大丈夫だ。
リンはエメラルダと違い近接型の戦いを得意としている。
小門の細い道の中ではリンの方が戦いに向いているのだ。
頭を垂れるエメラルダに対してミーキアンは目を落す。
「お前たちのためではない。ミーアのためだ」
まるで本心を隠すかのように目を逸らした。
だが、またそれも真実。
現状、ミーアを魔人世界に戻す方法が分からぬ以上、聖人世界で身を潜ませておかねばならない。
「ミーア一人では、何かと不自由だろう」
ミーアは今、権蔵の家に人目を忍んでかくまわれている。
だが、当の権蔵も小門の中の整備にかかりきり。
今や小門の中は逃げ込んできたスラムの住人や万命寺の僧たちで溢れかえっているのである。
そんな人たちが少しでも快適に過ごせるようにと、いろいろと設備を作らざるえないのだ。
そんな権蔵は、自分の家に帰ることもままならない。
そのため、ミーアの世話をタカトとビン子に頼んでいたのである。
だがしかし、当の二人は魔の融合国に来て今や奴隷女たちに囲まれながら痴話げんかをしている最中。
既にミーアのことなど頭にない様子。
はあ……ミーアの世話は一体誰がしているというのだろうか。
そう考えると、少々ミーアが不憫に思えてくる。
「人間であるリンがミーアの側いれば何かと便利だろう」
たしかに、神民魔人であるミーアは自由に外を出歩く事はできない。
いかに権蔵の家にかくまわれているとはいえ、日がな一日、家の中でじっとしていてはまいってしまう。
そんなミーアのそばにリンがいれば話し相手にもなろうし、買い出しも頼めるというもの。
まあ実はミーキアンの心配をよそに、この時のミーアは全く暇ではなかった。
飯すら食うことを忘れるほど熱中していたのだ。
なにせ、権蔵の家には人間世界の文化が溢れていた。
ビン子の部屋に入っては恋愛小説を一心不乱に読み漁る。
「なになに……オスに食事を誘われたときには、財布を決して出してはいけないのか……」
本を持つ手が震える。
「おぉぉぉ! テーブルにつくときにはオスが椅子を引いてくれるまで、ひたすら立って待つモノなのか!」
……なんか違うような気がする……
そして、タカトの部屋では、ベッドの下にあるムフフな本を引っ張り出して、ポーズの練習に明け暮れていた。
「なるほど! オスが喜ぶポーズとは、こういうものか!」
タカトのベッドの上でうつぶせるミーアの背中が反り返る。
「なになに……決め台詞は、『タワシを召し上がれ♥』か!」
ひとさし指を唇につけながら、上目遣いでウィンク一つ。
一体、何の練習ですか……ミーアさん……
というか、タカトのムフフな本、まだ、ビン子に捨てられてなかったんだ。
良かったね。タカト君!
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