第514話 迷った?(1)

 ミーキアンが、側に控えるリンの様子を伺った。

「その方がミーアも安心すると思うしな」

 先ほどからリンの表情が明るい。

 ――お姉さまのところに行ける!

 ミーキアンが皆の同意を確認するよりも早く、リンはスカートを広げお辞儀をとった。

「では! 行ってまいります!」

 そう言い終わると、すたすたと歩いていくではないか。

「オイ! まだ話は終わっておらんぞ!」

 ミーキアンが呼び止めるが、リンは我かんせず!

 というか、すでにミーアのことで頭がいっぱいになって聞こえていないのだ。


「タカトさん! 早く行きますよ!」

 リンはケツを突き出すタカトの耳を引っ張ると、広間の奥へと引きずった。

 その後を追うビン子。

「ちょっと! タカト! その汚い尻しまいなさいよ!」


「ミーアとリンの事を頼む……」

 ミーキアンは去り行くリンを見ながら、エメラルダにつぶやいた。

「頼まれなくとも分かっております」

 エメラルダはにこりと微笑むと、急いでタカトたちの後を追った。


 聖人世界へとつながる小門。

 ココは、エメラルダ達が魔の融合国に入るときに使った小門である。

 その細き洞穴の中を、スタスタとリンが歩いていく。

 それに続くタカトたち。

「えーと……リンさん、ご主人様の私の前を歩くのはいかがなものなのでしょうか? せめて、こう私の横について腕を組むなりいたしませんかね?」

「バカ!」

 手をこすり合わせるタカトをビン子がつねる。

 イタタタタ!

 リンは振り向くことなくタカトに忠告した。

「何を勘違いしているのか知りませんが、私の主人はミーキアン様です。タカトさんアナタではございません」

「えっ! 奴隷の交換じゃなかったの!」

「そのようなことは、ミーキアンさまは申しておられません」

「それなら、俺、あの人たちをミーキアンにとられただけじゃん!」

 さすがにその言葉が頭に来たのか、リンは立ち止まって振り向いた。

「タカトさん! そこまで言うなら、奴隷たちを引き取りに戻ります? ミーキアン様の好意でわざわざ預かっていただいたのに……だけど、確実に奴隷たち死にますよ! それでもいいんですか!」

 腰に手を当てるリンの言葉は強い。

 もう既に言い返せないタカト君。

 シュンとして、頭を下げるだけだった。


 最後についてくるエメラルダが笑いながら辺りを見回す。

「ところで、ココどこ?」

 ビン子も、慌ててきょろきょろと。

「ねぇタカト……来るとき、こんな道、通ったっけ?」

 タカトはリンに尋ねた。

「お前、聖人国につながる道知ってるんだよな?」

「知りません!」

 リンは自信満々に答えた。

「はあぁ! 何言ってんだこいつ!」

 頭に来たタカトは怒りが収まらない。

「さっきから、お前、我先に先頭を歩いていたんだろ。しかも、なんの迷いもなく、分かれ道選んでいたよな!」

「それがどうかしました?」

「いやいや……道が分からないのに、勝手に進んだらココがどのあたりかわからんだろうが!」

「分かりませんけど。なにか?」

「何かじゃねぇよ! それを道に迷ったって言うんだよ!」

「私は迷ってなどおりません! 常にミーア姉さま一筋です!」

「バカかぁァァァァ! お前のミーアの気持なんかどうでもいいわ! というか、このままだとそのミーアの元にもたどり着けんのだぞ! それでもいいのか!」

 リンの顔が青くなった。

 初めて事の重大さに気づいたようである。

「ど……どうしましょう……タカトさん!」

「どうしましょ……っていまさら……」

「何とかしてください! タカトさん! タカトさんの道具でパパッと解決してください!」

 そんな無茶ぶりをいいなさんな……

 こんな洞穴の中で道具なんか作れるかいな……

「ジャーン!」

 うすら笑いをうかべるビン子が、カバンの中から道具を取り出す。

「『恋バナナの耳』! これはオッサンの声が聞こえてくるのだ!」

「ちが―ウ! それは、女の子の恋のささやきが聞こえるんだ!」

 タカトが懸命に修正するがビン子はかんせず。

 バナナを耳に押し当てて、周囲の音を伺った。

「何か聞こえる?」

 エメラルダは、心配そうにビン子に尋ねた。

 ビン子はただ黙って首を振るだけ。

 どうやら、オッサンたちの声はここには届かなかったようである。

 なら!

「『美女の香りにむせカエル』! これはオッサンの体臭に反応するのだ!」

「ちが―ウ! それは、美女の臭いをかぎ分けるの!」

 再びタカトが懸命に修正するがビン子は相変わらず我かんせず。

 カエルを優しくなでて手のひらに置く。

 しかし、カエルはビン子の目を見つめるのみ。

 目と目が通じ合う。

 ……

「何か分かった?」

 エメラルダも何だか不安そう……

 ビン子はただ黙って首を振るだけ。

 どうやら、カエルの声が聞こえなかったようである。

 目と目が通じ合ったのは気のせいだったのかもしれない。


「どうしよう! タカト!」

 ビン子は泣き顔になっていた。






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