第362話 隣あう二つの死(1)

「破邪顕正!」

 鋭い右拳の一撃が、暗殺者の顔を砕き割る。

 先ほどまでの生身のヨークとは威力が違う。

 魔装騎兵の前では人間の体である暗殺者など、まるでゴム風船。

 ヨークの拳がヒットするたびに、暗殺者の背後に位置する壁が、次々と赤き大輪の花を描いていく。

 頭が血しぶきをまき散らし、消し飛んだ。

 暗殺者たちは、たちまち、その数を、半数以下に減らしていた。

 その強さにたじろぐ。

 ――何だこいつは!?

 だが、彼らはレモノワの暗殺者たちである。

 魔物の倒し方は知らなくとも、人の壊し方はよく知っている。

 そう、それが、魔装騎兵であっても、人は人であることは変わりない。

 暗殺のターゲットが魔装騎兵の場合も想定し、それ相応に戦い方を骨の髄まで仕込まれてきたはずなのだ。

 修練で次々と死んでいく仲間たち。

 互いに互いを殺しあう。

 生き残るために相手を殺す。

 目の前にいるのは人ではない。

 ただ、臓物を包み込んだ玩具に過ぎない。

 玩具を壊す……玩具を壊す……玩具を壊す……

 毎日、壊す。ただ壊す。

 自分が壊されないためだけに……

 ウサミミのオッサンをはじめ、ここにいる暗殺者たちには、その修練で生き残った自分の力量に、それなりに自信があった。

 だが、ヨークの拳速から逃げられない。

 拳の先を見切ったつもりでも、そこからさらに加速する。

 剣や棍で、その一撃を防いでも、それを砕き伸びてくる。

 近づいただけでやられる。

 いや、動いたら死ぬ……

 ――こんな魔装騎兵がいるなんて、聞いてないぞ……

 ウサミミのオッサンは、生唾を飲み込んだ。


 それもそのはず、一見ちゃらんぽらんなヨークではあるが、これでも数々の死線を潜り抜けてきた。

 特に第六は、魔装騎兵の数が少ない。

 わずかな数で、駐屯地の皆を守らねばならぬ。

 神民スキル「限界突破」を発動させた、第六の魔装騎兵たちは、まさに鬼神の如く闘った。

 だが、ココは、小門の中だ。

 第六の聖人国のフィールドや、融合国内ではない。

 だから、神民スキル「限界突破」は発動しない。

 まして、今のヨークは神民ではないのだ。

 エメラルダの刻印喪失により、ヨークもまた一般国民の身分と変わっていた。

 すなわち、今のヨークに限界突破は使えない。

 だが、その強さは、まさに限界突破を発動している時と、ほぼ変わらない。

 ――俺の命をくれてやる!

 ヨークは歯を食いしばる。

 ――最後の一滴まで燃え尽きろ!


 ネコミミオッサンはヨークの気迫に後ずさる。

 だが、このまま帰ればレモノワに殺される。

 それは間違いない。

 コチラもまた、目の前の魔装騎兵に殺されか、帰ってレモノワに殺されるかの二つの死の内のいずれかである。

 だが、ネコミミオッサンは冷静だった。

 どんな予想外のことが起ころうが、任務を遂行するためには、自分で考えねばならない。

 思考をやめれば、壊される。すなわち、それは死を意味する。

 何かあるはず。

 オッサンの目は、静かにヨークを観察した。

 ココは小門だ。

 そう、騎士や神民は入ることはできはしない。

 なら、なぜ、ココに神民兵である魔装騎兵がいるのだ。

 簡単なことだ。

 ――いや、コイツは魔装騎兵だが、神民兵ではない。




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