第363話 隣あう二つの死(2)


 ネコミミオッサンはにやりと笑う。

 神民兵でないこいつが、魔血タンクを持っているわけがないのだ。

 なら、どうやって開血解放をしているのだ。

 そう、気づいたのだ。

 ヨークの左足もとに広がる、赤き血だまりに。

 ――コイツ、自分の血で開血解放してやがる。

 タネが分かれば、簡単なことだ。

 要は、近づかなければいいのである。

 しかし、その間にも、エメラルダは魔の国の出口に向かって走っている。

 どんどんと距離が離れていく。

 もしかしたら追いつかないかもしれない。

 だが、焦る必要はない。

 今のエメラルダの体には、先ほどつけたナイフの傷がある。

 ――あの女は、今やその毒で、歩くこともままなるまい。

 ならば、追いつくことは、さほど難しくはないだろう。

 おそらく、魔の国に入るまでに片が付く。

 魔の国に入れば、そこは魔物の巣。

 さすがに、魔物は相手にできない。

 ただ、残念なのは、あの女は毒のせいで弱っている。

 時間が立てば、更に毒が回っていることだろう。

 せっかく、体を引き裂き、悲痛な悲鳴を楽しみにしていたのに、毒のせいでそれを聞くことができそうにない。

 ――まぁ、それは仕方ない。

 レモノワに殺されるよりはましなのだ。

 目の前の魔装騎兵がくたばってから、ゆっくりと後を追えばいい。

 あの血だまりの量である。

 すぐに意識が混濁するに違いない。


 はぁ、はぁ、はぁ……

 自分の呼吸が小さくなっていくのがヨーク自身にもわかった。

 ――わき腹の傷が深すぎたか……

 ヨークの左手が、わき腹を押さえる。

 その指の隙間を通り、血がわき出し、落ちていく。

 ――仕方ない、人魔になって暴れるよりかは、まだましか……

 ヨークの視界が、かすんでいく。

 今にも崩れ落ちそうな上半身を、大きく広げた両足が何とか支え上げていた。

 ――ちっ! 奴ら気づいたか……近づいてこねぇ!

 そう、暗殺者たちは、一定の距離を取ったまま、近づかない。

 いまや、立つことだけで精いっぱいのヨークは、暗殺者たちに打って出ることができなかった。

 一歩でも踏み出せば、よろけて倒れる。

 ココで倒れれば、暗殺者たちを足止めすることは叶わない。

 ならば、ココで最後までにらみを効かせる。

 近づく奴をぶっ飛ばす!

 黒くつぶれていく視界にわずかに残った風景が、暗殺者たちの足元をおぼろげに映していた。

 だが、その小さな視界が、ぐらりと揺れた。

 ヨークの体が自らの体を支えきれずに崩れ落ち、膝をついていた。


 ヨークは肩で息をする。

 ――やはり、人魔症が発症する前に、失血死だな……

 魔装装甲の仮面の中で、薄ら笑いを浮かべる。

 ――だが、まだだ……まだ!

 笑う膝に力を込める。

 その瞬間を逃すまいと、脇を通り抜けようとした暗殺者。

 ヨークの左手は、その頭をつかみ取ると、そのまま地面に押しつぶす。

 暗殺者の頭はスイカのように砕け割れ、地面に赤き汁をまき散らした。

 ――あと、3人か……

 さらに細く狭くなったヨークの視界は、暗殺者の足の数を数えた。

 何かを考えていないと、意識が飛ぶ。

 つぶれた暗殺者の頭に置かれた左手に力を入れる。

 その頭は、更に嫌な音を立てながら、押しつぶれ、目玉が、その内圧に負けポンっと飛び出した。

 だが、今のヨークには、そんなことに構っている余裕はなかった

 足に力を込めて立ち上がろうとするヨークであったが、既に、上体はまっすぐに立たない。

 やっと起き上がった太ももに、両の手をつっかえて、なんとか体を支えている始末。


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