第364話 隣あう二つの死(3)

 ヨークの前方、すなわち暗殺者たちの背後から、足音が近づいてきた。

 その数が多い。

 そう、それは、万命寺の僧たちが、暗殺者を追って走ってきた足音であった。

 ――今頃かよ! おせぇよ!

 ヨークは、強がるように笑った。


 ネコミミのオッサンは焦った。

 目の前には魔装騎兵、後方からは万命寺の僧たちが迫ってきている。

 このままでは挟撃されかねない。

 ならば、どうする。

 だが、目の前の魔装騎兵は確実に弱っている。

 今なら、三人同時にかかれば、一人二人は通り抜けることができるかもしれない。

 ネコミミのオッサンは覚悟を決めた。


 その時である。

 ビー! ビー! ビー! ビー!

 ヨークの魔血ユニットが警告音を発した。

 どうやら、ヨークの出血も限界で、開血解放状態を維持させるだけの血流を、魔血ユニットに注ぎ込むことができなくなっていたのだ。

 血液不足は、人魔症を発症する。

 すなわち、死さずとも、今度は人魔になって人々を襲いだすのである。

 解決方法は、今すぐ開血解放を解く事である。

 そうすれば、魔装装甲から流れ込む魔の生気による人魔症は回避できるのだ。

 しかし、ヨークは開血解放を解かない。

 いや、解く気が全くないのである。

 今、ココで開血解放を解けば、目の前の暗殺者たちは、ここぞとばかりに駆けていくだろう。

 もはや、立っているだけで精いっぱいの生身のヨークでは、その暗殺者の動きを制することはできない。

 いや、それが、生身でなく魔装騎兵の状態であっても、怪しいものだ。

 だが、奴らはビビっている。

 魔装騎兵の力、いや、魔装騎兵のヨークの力にビビっているのだ。

 ならば、魔装騎兵であり続け、にらみを利かせていれば、奴らを足止めできる。

 その時間が、1分でも1秒でもいい。

 少しでも長く足止めできれば、いいのだ。

 そうすれば、後は万命寺の僧たちが、何とかしくれるだろう。


 だが、このまま開血解放を解かなければ、ヨークは人魔症にかかってしまう。

 そして、人魔となって暴れ出すのだ。

 ならば、駆けつけた万命寺の僧たちを人魔化したヨーク自身が襲うかもしれない。

 ヨークは、己が拳で、自分の胸を激しく打ちつけた。

 ぐらりと傾くヨークの体。

 だが、ヨークは倒れない。

 最後に力を振り絞り、足を踏みとどめる。

 しかし、振り起こしたヨークの魔装装甲は、胸のところが砕けてぽっかりと穴をあけていた。

 ヨークは再びナイフを構える。

 今度はわき腹でなく、自らの心臓にむけて。

 そう、空いた穴にむき出された、己が胸にナイフの先を添えたのである。

 ――ギリギリまで耐えてやる。

 小いさく刻むヨークの鼓動だけが、やけに大きく聞こえるようだ。

 かすむ意識の中で、魔血ユニットの警告音に集中した。

 ――コイツが、最後の警報を出した時、それが合図……


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