第365話 隣あう二つの死(4)

 ビィィィィイィイイイィィィ!

 魔血ユニットが最後の警告音を上げた。


 ついに動いた。

 しかし、動いたのはヨークではなかった。

 それを合図にするかのように、ネコミミのオッサンたちが、一瞬早く、ヨークに向かって突進した。

 咄嗟に、ヨークは、足を出す。

 暗殺者を通すまいと、懸命に体を動かした。

 だが、瀕死のヨークの体は少し動くだけで精いっぱい。

 その横を、さっそうと駆け抜けていく暗殺者たち。

 その影を無念そうに見つめながらヨークの体が、ゆっくりと倒れていく。

 ナイフを己が胸に突き刺すためだけに残していた、力。

 その力も、とっさに足を動かすことに使ってしまった。

 もう動かない……

 もう、何も見えない……

 何も聞こえない……

 ――今、いくよ……メルア……

 ついに、ヨークの体が、地面に落ちた。

 ――ダメ……ヨーク……あなたはまだ……

 消えゆくヨークの意識の中、聞き覚えのある女の声が、かすかに聞こえた気がした。


 ビィィィィイィイイイィィィ

 魔血ユニットの警告音だけが、暗い洞窟の中に響いていた。



 タカトはエメラルダの手を引き懸命に走っていた。

 洞窟内の岩肌は、しみ出す地下水でしっとりと濡れ、滑りやすくなっている。

 エメラルダの足がもつれた。

 咄嗟にタカトがエメラルダの手を引っ張り、転倒するのを何とか防ぐ。

 手を引かれるエメラルダは、岩肌に膝をつき、肩で息をしていた。

 先ほど、ネコミミのオッサンに切られた傷から入った毒が、全身に回ってきたのであろう。

「大丈夫?」

 そんなエメラルダの様子を心配したのか、ビン子が声をかけた。

「えぇ、大丈夫よ」

 エメラルダは、心配をかけまいと、笑顔を作る。

 タカトの手を引き、懸命に体を起こそうとするが、力が入らない。

「もしかして、エメラルダの姉ちゃん、毒に侵されたのか?」

 タカトは気づいた。

 先ほどまで元気だったのにもかかわらず、ネコミミのオッサンと遭遇してから、急に体調が悪化した。

 ここまで急激な変化は毒以外に考えられない。

 しかし、今、手元に毒消しなんて持っていない。

 だが、ここで動かずにいれば、ヨークの手をすり抜けた暗殺者たちの追手が迫るかもしれない。

 一刻も早く、より遠くに逃げたい。

 タカトは、膝をつき、エメラルダに背を向けた。

「エメラルダの姉ちゃん、俺の背中にのって!」

 タカトは、エメラルダを背負って逃げようとした。

 ここで、立ち往生していても、状況は悪くなるだけ、ならば、背負ってでも歩き続ける方がまだましだ。

 エメラルダは、小さくうなずくと、タカトの背に覆いかぶさった。

 先ほどまで真剣だったタカトの目が、いやらしく歪んだ。

 ――こ! これはなんとイイ感じ!

 そう、エメラルダの巨乳が、タカトの背中に押し付けられていたのである。

 以前、融合国内に侵入してきたガメルと対峙したのちに、出会ったエメラルダを背負って帰った。

 その時は、体も心もボロボロに疲れ果て、気づかなかったのだ。

 この背中の感触に!

 なんという幸せ!


 きもちぃぃいぃ!

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