第361話 死にたがり(6)

「少年! エメラルダ様を連れて、先に行け!」

 ヨークの命令が、タカトに飛んだ。

 二人のやり取りに呆気に取られていたタカトが我に返る。

 そして、急いでエメラルダの手を肩に回し、抱き起す。

「分かったよ! ヨークの兄ちゃんも無理するなよ!」


 暗殺者たちが、じりじりとヨークとの間合いを詰めていく。

 ヨークは首からかかる鎖の先にぶら下がった二つの破片を右手に取った。

 その破片はボロボロだ。

 一つはヨークと書かれた陶器の破片。

 そしてもう一つはメルアとか書かれた、砕けた破片。

 ヨークは、何か意を決したかのように、もう一度、その破片を強く握りしめた。


「さて、いっちょやりますか!」

 ヨークの左手が懐から折りたたみナイフを取り出した。

 手のひらで慣れた様子でナイフを広げる。

 格闘タイプのヨークがナイフとは、ついに拳で闘うことをあきらめたのか。

 いや、そうではなかった。

 そのナイフは、くるりと手のひらで半回転すると、ヨークの左わき腹に突き立てられた。

 そう、ヨーク自身の手で、自らのわき腹を突き刺し、そのまま横にかっさばいたのである。

 ドクドクと流れ出す赤い血液。

 だが、その流れ出す赤い血筋は、一点を目指していた。

 そう、腰についた魔血ユニットである。

 ヨークの腹から流れ出した血が、魔血ユニットを赤く染めていく。

 ――さぁ、一緒に行こう! メルア!

「開血解放!」

 ヨークが叫んだ。

 それと共に魔血ユニットが甲高い起動音を響かせた。

 ヨークの体の内側から、魔装装甲が肉のように盛り上がる。

 盛り上がった肉塊熱を放ち湯気を立てる。

 その湯気の揺らめきの中に盛り上がる肉塊は、黒光りを帯びていく。

 湯気の名から、黒き足が踏み出された。

 洞穴の中に黒きトラの魔装騎兵の目が光る。


 エメラルダは叫んだ。

「ヨーク! 開血解放を解きなさい! ココにはもう、魔血タンクはないんです!」

 そう、神民でなくなったヨークは、魔血タンクを持っていない。

 当然、エメラルダも持っているはずがなかった。

 なら、ヨークはどうやって、魔装装甲を開血解放したのであろうか。

 それは、己が血である。

 わき腹から流れ出す血を魔血ユニットに流し込み、それで開血解放を行ったのだ。

 しかし、所詮は人間、出血量には限界がある。

 大量に噴き出せば失血死を招く。

 また、血が止まれば、魔血不足により、ヨークの体は人魔症を発症してしまう。

 どちらにしても、ヨークには、死しかないのである。

 だがヨークは笑っていた。

「ご心配なく! こんな奴ら、とっとと、終わらせますよ!」

 要は、二つの死が訪れるまでの間に、暗殺者たちをぶちのめせばいいだけなのだ。

 しかし、目の前の暗殺者たちはレモノワの暗殺者。

 そうそう簡単には倒れてくれそうにはない。

 だが、やるしかない。

「この魔装騎兵ヨークがいる限り一歩も通さん!」

 黒きトラの咆哮が、暗い洞窟内に響き渡る。


「ビン子! いくぞ!」

 タカトは、ヨークの叫び声にただならぬものを感じ取っていた。

 だが、今は理由を聞く暇はないだろう。

 ならば、言われた通りエメラルダを連れて走るのみ。

 タカトは毒で足がもつれるエメラルダを担ぎ、懸命に走り出した。

 ビン子も後ろを気にしながらついていく。

 エメラルダは、後ろを振り向き、手を伸ばす。

 ――死なないで……ヨーク。


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