第236話 帰りたい・・・(2)

 悲鳴を上げるタカトとビン子。

 二人は、咄嗟に抱き着き、腰を抜かした。

「なんで、家の中に魔物がいるんだよ!」

「ヤバイよぉ! 逃げないと……」

 腰が抜けた二人は四つん這いになりながら、外へとはい出ようとした。

 しかし、同時に動く二人の体が、入り口にピタリとはまる。

 ドアの木枠に挟まれて、身動きが取れない。互いに相手を押し合い、どつきあう。

「お前、最近、食いすぎだろ!」

「何よ! タカトこそ太ったんでしょ!」

 互いに顔を押し合い、我先に外に出ようとする。共助という言葉が、遥か彼方にある二人。


「お前たち何をしているんだ」

 入り口のドアに挟まりどつきあうタカトとビン子の後ろから声がした。

 はて、この声? どこかで聞いたことがあるような?

 タカトとビン子は、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、暖炉の火にうっすらと映し出される緑の双眸。そして、金色の逆立つ髪の毛が美しく揺れ動く。


「ミーア!」

「ミーアさん!」

 ホッと安心したタカトとビン子は、涙を浮かべた。そこにいたのは、神民魔人のミーアであった。魔人は魔人でもミーアなら大丈夫。


 ミーアはエメラルダのなりをして、森の中を駆け回った。

 その甲斐あって、オオボラとアルテラの部隊は、小門から遠ざかった。

 その間に小門では、逃げてきたエメラルダやスラム街の人々が、奥深くの広場へと移動できたのだ。


 しかし、森の中を逃げ回っていたミーアもまた、オオボラたちに追い詰められていた。

 そもそも、神民魔人であるミーアは生きて小門へ帰るつもりなどなかった。

 どうせ、生きて帰っても、小門には入れない。まして、魔人国には帰れない。

 なぜなら、神民魔人であるミーアが通れる門は、大門、騎士の門、中門の三つしかないのである。

 大門は未だかつて開いた事がない。

 騎士の門はガメルの襲来によって警護が厳しい。ミーア一人では通ることはままならない。

 頼みの綱の中門だが、その存在は、全く分からない。

 八方ふさがりのミーアは、死を願った。

 どうせ帰ることができぬのなら、ここでひと花! ひと暴れ!

 そう覚悟を決めた瞬間であった。


 ミーアの眼下の茂みの中を何かが走り抜けたのだ。

「ちょっと! 待ったぁ!」

 大きな掛け声を上げ、一人の男がオオボラたちの後ろを駆け抜けた。

 樹上のミーアにはその男の姿がよく見えた。

 涙を流し、鼻水を流し、恐怖に打ち震えたタカトがみっともなく走っている。

 守備兵たちの視線を自分に向けさせるかのように、ひたすら叫んでいた。


 突然のことにオオボラたちも、さすがに驚いた。

 背後から発せられる奇声に、守備兵たちが振り返る。

 一瞬、ミーアへと向けられていた殺気はタカトへとそれた。

 その瞬間、ミーアは、地面に飛び降りる。

 膝をついたミーアは、守備兵の腹に肘を入れ、守備兵の間をかいくぐり、森の奥へと駆け込んだ。


 森の中をかけるミーア。

 タカトの奇声のおかげで、隙ができた。

 しかし、追手が来るのも時間の問題だろう。

 だが、タカトが作ってくれたチャンス。

 今は、生きることだけを考えよう。

 ミーアは、走る。

 涙を散らしながら駆け抜ける。


 しかし、ミーアの予想に反して、追手は来ない。

――逃げ切ったのか……?

 森の中でぽつんと立ち尽くすミーア。

――いや……地の利から言って、奴らの追撃の方が有利のはず。

 しかし、警戒すれども、追手の気配は全くしない。


 暗くなった森の中で、剣を構え辺りに視線を飛ばす。

 日が暮れるとともに、気温も下がる。

 気を張るミーアの体温も徐々に落ちていく。口から吐き出される息も、徐々に白みを帯びていく。


 はぁはぁ

 しかし、何も音がしない。

 自分の息の声しか聞こえない。


 耳を澄ますミーア。

 風に吹かれ木々が揺れる音。

 鳥の声しか聞こえない。

 剣を降ろすミーア。

――本当に……逃げきれたのか。

 ミーアは空を見上げる。

 いつの間にか天には星空が広がっていた。

――タカト……ありがとう……


 それもそのはずである。

 オオボラたちの部隊は、撤退していたのだ。

 アルテラを庇ったタカトのケツにハチビーの針。それを見たアルテラが、撤退の命令を下した。

 しぶしぶもそれに従うオオボラたち。あと一歩のところで引き返すことになった。

 まぁ、コチラはコチラでこの後、大騒動ではあるが……


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