第237話 帰りたい・・・(3)
権蔵の道具屋の古いテーブルにつくタカトは口を開いた。
「なんでお前がじいちゃんの家にいるんだよ」
よほど温泉ではしゃぎすぎて疲れたのか、ビン子がタカトの横で、コクコクと揺れる。
対面のミーアがコップで湯を飲みながら静かに答えた。
「森の中でお前に助けられた後、身を隠す場所を探していてな。その時、権蔵に言われたことを思い出したんだ」
「じいちゃんに、何言われたんだよ」
「なに、自分の家に隠れていろって言われただけだ」
「マジかぁ……」
「あぁ、私は神民魔人だ。小門には入れない。万命寺も燃え落ちた。もう、身を隠す場所はどこにもなかった。そんな私に気を使ったんだろ……」
ついに自分の体を支えられなくなったビン子がついに、タカトへと倒れ込んだ。
おっ?
タカトは、ビン子の頭をとっさに受け止めた。
仕方ないなぁ……
タカトはビン子をお姫様抱っこをすると、ビン子のベッドへと運んだ。
ビン子は嬉しそうに微笑みを浮かべている。
きっと、夢の中で、王子様にだっこでもされている夢でも見ているのだろう。
テーブルへと戻ったタカトは、ミーアに尋ねた。
「なぁ、ミーア、お前、獅子の顔をして、左腕がない魔人を知らないか?」
変わらぬ様子のミーアは、コップに口を付け、タカトの目を伺った。
そのただならぬタカトの気配。
先ほどまでのタカトの雰囲気とはまるで別人。
タカトは、ビン子がいなくなったことを確認してからその言葉を発したのだろうか。
強い覚悟。
いや、それは、幾度も死線を潜り抜けてきたミーアでさえも身構えさせてしまうほどの憎悪。
「私はよく知らないな……」
ミーアはタカトから目を離さずに、湯をゆっくりとのんだ。
くそっ!
小さなタカトの苛立ちが漏れる。
「その魔人を見つけてどうする?」
「お前には関係ない!」
「そんな、つっけんどんな態度では、情報も集まらんぞ……」
「お前! 知らないって言っただろうが!」
声を荒らげるタカト。
こんな敵意むき出しのタカトは見たことが無い。
まるで、ビン子がタカトの心を守っていたかのようである。
ビン子がいなくなっただけで、こんなに感情をむき出すというのか。まるで、獣か。いや、それほどまでの憎しみと言ったところか。
「私は知らんが、もしかしたら、知っている人を知っているかもしれんぞ……」
ミーアは、一切動じず、ゆっくりと諭すように答えた。
「そいつは……俺の家族の仇だ……」
「そうか……ならば、そいつを見つければどうしたいのだ」
「決まっているだろ! 仇を討つ!」
「やめておけ……タカト、今のお前では、魔人には勝てない……」
「うるさい!」
「私は、お前のためを思って……」
「さっさと知っているやつを教えろ!」
「なら、一つ約束しろ……命は捨てないと……約束してくれ、それならば……」
「知るかよ! 相手は魔人だ!」
「タカト……お前、死にたいのか……」
「……俺だけ、生き残ったんだ……父さんも、母さんも、姉ちゃんも……みんな死んだ……俺だけ、なんで……」
ミーアはうつむいている。
静かにコップの中の水面を見ながら黙っている。
「お前は、一人じゃない……私と違って……一人じゃない」
そのミーアの様子を見たタカトの荒々しい感情がスッと引いていった。まだ、心には余裕があるということか。
「なんだよ……お前、寂しいのかよ」
「お前には、ビン子や権蔵、ガンエン、コウエン、エメラルダ達がいる……それに対して、私は帰るところすらない」
ミーアの持つコップが小刻みに揺れる。
コップの中の湯が、いくつもの重なる波紋の円を立てていた。
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