第407話 獅子の魔人と蝶の魔人(5)

 晴れ渡る青空の下、上半身裸の二人の男が向き合った。

 ただ大きさは、大人と子供。

 一之祐の頭はディシウスのみぞおちぐらいまでしかない。


 ディシウスが、一之祐を威嚇するかのように、地をこする大剣の束に両手をかけた。

「そこをどけ!」

「そこをどけと言われて、はいそうですかとはいかぬことは分かっているのだろ」

 一之祐は、バカにするかのように笑った。

「ならば、押し通るのみ!」

 ディシウスは、その重き大剣を軽々と体の前に構えた。


「まぁ、待て! お前、少し後ろに下がれ」

「なんだと!」

「お前、ココに一人で来たんだろ」

「それがどうした!」

「俺も一人だ、なら、後ろに下がれと言っているんだ」

「どういうことだ!」

「俺は騎士だ。お前は一般魔人だろ。と言うことは、この聖人国のフィールドで闘えば、俺は寝ていてもお前に勝てる。それではつまらんだろが」

 ディシウスは大剣を降ろした。

 一之祐は笑いながら続けた。

「お前が少し下がれば、そこは魔人国のフィールドだ。と言うことは、俺も騎士の盾が使えない。これで対等だろ」

 ディシウスは一瞬思考が停止した。

 コイツの言っている意味がよく分からない。

 俺が馬鹿だからなのか?

 自ら有利な条件を捨てるというのか?

 そんなバカな。

 それとも余裕なのか?

 コイツは俺を見下しているのか!

「ふざけるな!」

 ディシウスは大剣を振り上げた。

 その瞬間、一之祐の姿が消えた。

 ――神速……

 騎士スキルの解放と共に、一之祐の肘が、ディシウスの胸を突き飛ばした。

 大剣と共に後方に吹き飛ぶディシウス。

 ――こいつ、いつの間に……

 ディシウスの体が、砂煙を巻き上げ転がった。

 だが、とっさに膝をつき頭を上げる。

 そして、先ほどいたであろう一之祐を確認しようとした。

 しかし、そこにはもう一之祐はいない。

 それどころか、ディシウスの視界を黒い影がさえぎっていた。

「だから言っただろ、聖人国のフィールドだと、このように俺は騎士スキルも使えてしまう。これでは、わざわざ一人で来たお前に失礼というものだ」


 ディシウスは悟った。

 コイツは馬鹿だ。

 戦いの事しか考えていない脳筋バカだ。

 だが、コイツが聖人国の第七の騎士であることは間違いない。

 聖人国のフィールド内にとどまる騎士は不死。

 ただでさえ、攻略不可能な騎士を何とかしながらキーストーンを奪うというのは困難なミッションなのである。

 だから、魔人国のどの魔人騎士も聖人国の駐屯地を攻めあぐねているのだ。

 おかげで、愚かなハトネンなどは、神を使った攻略など考えついてしまった。


 だが、よくよく考えれば、コイツを倒してしまえば、チェックメイトではないか。

 騎士を失えば、神民もまた消える。

 神民の魔装騎兵もまた神民スキルが使えなくなる。

 騎士のいなくなった、聖人国の駐屯地など、赤子も同然。

 わざわざ神を使って、人間たちを襲う必要もないというものだ。

 ソフィアもまた荒神を払って命を落とすこともないだろう。


 しかも、ご丁寧に、コイツのほうから魔人国のフィールドでやり合おうと言っているのだ。

 これほどありがたいことはない。

 ならば、その行為ありがたく受けさせてもらおうではないか。

 ディシウスは、魔人国のフィールド内まで、ゆっくりと戻った。


「なら、始めよう! 男の決闘を!」

 ディシウスは大剣を己が前に構えた。

「我が曇天を払いし、その心意気! しかと、了知した! 我が名は第七の騎士一之祐、身命賭して、いざ! 参る!」

 一之祐もまた、先ほどとは打って変わった鋭い眼光で、白竜の白き剣を中段に構えた。

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