第232話 足の引き合い、どつき合い(1)

 タカトたちの後をつけるオオボラの奴隷たちの影。3つの影は、タカトたちの周りを囲むように、それぞれ一定の距離を取る。その輪は、決して大きくなることも小さくなることもなく、タカトとビン子に付き従う。

 しかし、森の茂みの中を動いているというのに、全く気配を感じさせない。なかなかの手練れとお見受けする。


 その輪の中心をタカトが持つランプが楽しそうに揺れている。

 先ほどからタカトとビン子が冗談を言い合いながら小突きあいをしているのである。本当に緊張感のかけらも見られない。


 しかし、奴隷たちは、険しい表情で鋭い視線を飛ばす。

 一つの視線は木の陰に隠れ、ある視線は茂みの下から、最後の視線は木の枝の上からそれぞれタカトの動きを凝視する。


「へっくしょん!」

 タカトが大きなくしゃみをした。自分の肩を抱きブルブルと震える。

「風邪でも引いた? あっ! 馬鹿だから風邪ひかないか!」

 ビン子が横で笑っている。

「いや……風邪というより、さっきから寒気が、どうも、なんかみられているような気がするんだよな……」

 タカトは周りを見渡した。ランプを頭上に掲げて暗い森の中を照らしていく。

 しかし、ランプの光は森の暗闇に吸い込まれ、奥まではっきりと覗くことはできなかった。

「ちょっと! 怖いこと言わないでよ!」

「お前のカバンに『裸にメガネ―』入っているだろ、ちょっとそれつけてみろよ」

「えっ! 今日は持ってきてないわよ。そんなの持ってきていたら、タカトがお風呂覗くでしょ」

「誰がお前の貧乳なんか覗くかよ!」

 ビシっ!

 ビン子のハリセンがタカトの頭にヒットする。


 ドサっ!

 ハリセンの音と同時に何かが倒れる音がした。しかもその音は、ビン子のハリセンの音にぴたりと合わせていた。

 そのため、どつきあうビン子とタカトには、何かが倒れるその音が届いていない。


 木の陰でタカトの様子をうかがっていた奴隷が、力なく木に寄り添い崩れ落ちている。

 白目をむき、舌が垂れさがっている。おそらく、気でも失っているのか。それとも、すでに……

 一体なのがあったのか。

 だが、残り二人の奴隷たちもまた、タカト同様に、まだその様子に気づいていない。


「タカト! あんた知らないでしょ! あの二人はめちゃめちゃ巨乳だったわよ! うらやましいでしょ!」

「……ビン子……お前なぁ、それ言っててむなしくないか……」

「なによ! タカトが巨乳! 巨乳! って言うからじゃない!」

「まぁ、巨乳には夢があるわな!」

「貧乳には未来があるのよ! 未来が!」

「えっ!失われた未来! その貧乳は古代遺跡か! 陥没した大陸か! おっ! お前って陥没してたっけ?」

「殺す!」

 ビシっ!

 ビン子のハリセンが大きく天へと振りあがる。

 タカトの顎が天を向く。

 うごっ!


 うごっ!

 今度は茂みの中の奴隷が地面に顔をめり込ます。

 何かから逃れようとする奴隷の体は、激しくもがこうとするが動かない。

 奴隷の体よりもさらに大きな体で、上から抑え込まれているのである。

 ほどなくして奴隷の動きは止まった。

 上にのしかかっていた男が、奴隷の首にからめた腕を解き放ち、膝を立てた。

 その男の背後からもう一つ別の影が姿を現した。

 コチラの影は、奴隷にのしかかっていた男と比べると、かなりか細い。まるで少女。

 この少女はどうやら真音子のようである。


 真音子は温泉の中でアルテラから聞いたことが気になった。ソフィアがタカトに道具を作りに来いという。

 ということは、すでにタマホイホイはソフィアの手に。ならば、タカトを人魔収容所に呼び出すというのも合点が行く。

 嫌な予感しかしない。

 どう考えてもタカトの身が危ないような気がしてならない。

 居ても立っても居られない真音子は、温泉を飛び出した。


 脱衣所から出た真音子は、とっさにイサクの足を制した。

 森にはただならぬ気配。

 二人は、気づかぬふりをしながら夜道の中を歩いていく。

 1……2……3

 3人か……

 横目で森を伺う真音子はその気配を確認する。

 どうやら森には兵が3人身を潜めているようだ。それもなかなかの手練れ。普通ならその気配を感じ取ることもできないだろう。


 なるほど、アルテラの護衛と言うわけか……

 さしずめ、オオボラの配下と言ったところか。


 離れゆく真音子の背後から気配がした。

 脱衣所からオオボラが一人で姿を現したのだ。

 森に隠れた3人の兵の気がオオボラに向けられる。

 その瞬間、路上から真音子とイサクの姿が消えていた。


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