第233話 足の引き合い、どつき合い(2)

「お嬢、あと一匹いますぜ」


「今、権蔵さんの家の中を見られるわけにはまいりませんしね」

「さすがに、木の上では、あの坊ちゃんたちに見つからずにと言うわけには……」


「分かりました。あとは、私がやります」

「そうですか……なら、お願いします」

 真音子は真上に跳躍すると、音もなく、上空の遥か高い枝に膝をついた。


「ビン子! さっきのは痛いぞ! アゴはないわ! アゴは!」

「タカトがバカばっかり言っているからでしょ!」


「しかし、お前の周りって巨乳ぞろいだな……あっ! 蘭華と蘭菊ならお前とどっこいどっこいか!」

「蘭華ちゃんと蘭菊ちゃんはまだ幼女よ! 一緒にしないで!」


「と言うことは……お前の一人負けじゃん!」

「そんなことないわよ! たまたま周りが大きいだけ! 私は標準よりちょっと大きいはずよ!」


「なんでそんなことが言えんだよ!」

「あんたのムフフな本に平均バストが書いてあったのよ!」


「そうか! それなら仕方ない! って、なぜ俺のムフフな本の事を知っている!」

「タカトのことは何でもお見通しよ!」


「違う! あれは俺のじゃない……あれはその……なんだ、友達が俺に預かってくれって言って……」

「友達って誰よ! 言ってみなさいよ! この変態!」


「え……っと、コウスケかな?」

「分かったわ! 今度、コウスケに会ったら確認してあげる!」


「いや……確認はしない方がいいかも……その、男の子だし……いろいろと……ねぇ、ところで、いつご覧になられたのかな? その本は?」

「なによ! 関係あるの! エメラルダさんの黄金弓を持っていく前よ」


 黄金弓を持っていく頃と言えば、タマホイホイを作ったあとか!

 よし! それならタマホイホイで証拠は隠滅済みだ!

 流石に大量の丸まったティッシュの屑は流石にまずいからな。


 ウン!

 ナニ? 女性の読者には分からないって?


 いいんです! 男の子にも秘密があるんです!

 特に母ちゃんには知られたくない秘密が!

 なぁ!男性読者諸君!君たちなら解るはずだ!


「ビン子さん! そうですか! ソレは良かった! 良かった!」

「何が良かったのよ! もういいわ! 今から帰って処分してあげる! あんなのがあるから変な妄想を抱くのよ! 汚らしい!」


「ちょっと待って! ビン子さま! それだけはご勘弁を……」

 肩を震わせ歩いていくビン子をタカトは追った。


 木の上の奴隷兵が足に力をこめる。タカトの後を追うために次の枝に飛び移ろうとしたのだ。

 しかし、体が動かない。

 全く動けない。

 奴隷兵の大きく見開かれた目に、焦りの色が浮かんだ。


「この技は……銘肌鏤骨めいきるこつ……」

「よくご存知で」

 奴隷兵の背後から、ゆっくりと真音子が姿を現す。


「なぜ? お前がこの技を使える? コレは情報の国の忍者マスター蘭蔵の技!」

「そうですね」

「……いや、もう一人いたか……マスターの座を争っていたという勤造が……」

「だから、この技を見たあなたはココで終わりです」

「な・ん・だ・と!」


 真音子が手を流れるように交差させた。

 四方に張り巡らされた糸がキュルキュルと音をたて緊張するやいなや、奴隷兵の皮膚に無数の赤い線が刻まれていく。


朱殷しゅあんの花を散らしなさい……さようなら」

 すっと音もなく真音子の体が地に落りた。


 落下とともに真音子の持つ金糸が力強く引絞られる。

 いまや奴隷兵の体に縦横無尽に走る金糸が、その身を深く切り刻んでいた。


 木の枝に取り残された奴隷兵の体。

 その体の中を、無数の糸が細く鋭い刃のようにすり抜けていく。

 次の瞬間、奴隷兵の体がいくつものキューブに分かれていた。


 地面に膝をつく真音子がさっと腕を振ると、無数の金糸が風を切り裂く音ともに舞い戻ってきた。

 そんな真音子の背後には、ボテボテといやな音を立てながら無数の肉塊が血の雨を降らせながら落ちてきた。


 しかし、なぜ真音子が情報の国の忍者マスターの技を使えるというのだろうか?


 今の融合の国と情報の国は、大量失踪事件を境に関係が悪化している。

 ということは、真音子は、情報の国のスパイなのか?


 いや、確か、真音子の父、金蔵勤造は、第七の騎士 一之祐の神民である。

 勤造は魔装騎兵ではないが、一之祐を資金面、情報面で支える右腕。

 一之祐が最も信頼を置く神民の一人である。

 とても情報の国のスパイとは到底思えない。

 なら、なぜ?


「お嬢。お疲れ様です」

 紙袋をかぶった男が、真音子に声をかけた。


「今日は、コレで大丈夫でしょう」

 すっと立ち上がる真音子は去り行くタカトたちの背中をちらりと見た。


「しかし、何であの兄ちゃんの家に魔人なんかがいるんですかね?」

「タカト様に害をなさない限り、手出し無用です」

「ヘイ」

「今は、ソフィアの情報を集めます!」

「へい! お嬢!」


 そんな頃、オオボラは暗い夜道の中をアルダインが住む王宮へと足を向けていた。

 焦る様子のオオボラの歩幅は、いつもより大きい。


 オオボラはアルテラを無事、家へと送り届けると、すぐさまアルダインのもとに向かったのである。

 そして、急いで王宮の守衛にとりなすと、中へと入った。


 相変わらず、謁見の間にすわるアルダインは偉そうである。

 そして、その横に控えるネルはいつもながら美しい。

 オオボラは、静かにアルダインの前で膝まづいた。


「アルダイン様、エメラルダの居場所が判明いたしました」

「して、その場所は?」


 アルダインは、肘をつきながら答えた。

 さも、不機嫌な様子。

 お楽しみの最中を邪魔されたかのように、目には明らかにいら立ちの色を浮かべていた。


 ――ココで下手を打つと、少々厄介なことになるか……

 オオボラは慎重に構えた。

 ――しかし、手柄を立てれば、お釣りはくるか……


「万命寺の近くに出現した小門の中に身を潜めております」

「小門か……」

 アルダインは面倒くさそうに答える。


「ハイ」

「魔装騎兵では入れぬな……」


 魔装騎兵は神民の中から選ばれたものがなることができる。

 しかし、小門は、神民、騎士、王は中に入ることを拒絶される。

 すなわち、神民である魔装騎兵は入ることができないのである。

 まぁ、一般国民となった魔装騎兵がいれば、入ることはできようが。


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