第106話 ウサギさん!さようなら(6)

 幼女たちを心配するかのように、ぞろぞろと人が集まってくる。

 公衆の土の道の上でパンツ一丁のタカトは、目立っていた。

 さらに、バニーガールの幼女に、パンツ姿の男が踏みつけられているのである。

 不審者以外何物ではない。

 集まった人たちの軽蔑の目が、パンツ一丁のタカトに向けられていた。


 しかし、プライドなどないタカトは、お尻にプリントされた巨乳アイドルのアイナちゃんを天に突き出し叫ぶ。


「ダンスバトルでいかがでしょうか?」


 顔を見合わせていた蘭華と蘭菊は、とっさに後ろに飛びのく。


「あんたじゃ、勝負にならないでしょう!」


「俺を馬鹿にするなよ。こんなこともあろうかと、特訓を重ねていたのだ!」


 一体いつ、特訓をしていたというのであろうか……

 その自信はどこから来るのか不思議ではあったが、立ち上がったタカトは、蘭華蘭菊を指さし、高笑いをしていた。


「いいわ! それなら、みんなに見てもらいましょう。どちらのダンスが上なのかを!」


 5歳の幼女のくせに、見事な主導権を握る蘭華が叫ぶと、周りの観衆からわっと歓声が上がった。

 蘭菊は不安そうにビン子を探したが、見当たらない。

 仕方なく前に進み出る蘭菊の足は、人目におびえ震えていた。


「お嬢さん、いつもの調子でお願いします」


 タカトはおでこに人差し指を立てながら目をつぶりポーズをとる。

 蘭華がそっと蘭菊の肩を押す。


「そうよ、あいつの言う通り、いつもの調子でいいのよ」


 蘭菊は、小さくうなずくと、両手を胸の前で組んだ。

 優しい音調が流れ出す。

 周りの人々から漏れる、雑音がすーっと小さくなっていく。

 蘭菊の歌が、いつの間にかその空間を支配していた。


 咄嗟に手をあげる蘭華。

 その手が静かに顔の前に降りて来たかと思うと、瞬時に前を指さした。

 そして、軽やかなステップが繰り出されていく。


 人々の歓声が起こる。


 タカトも追随する。

 腕を前から上にあげて のびのびと背伸びをする。

 1、2、3、4

 しかし、以前のタカトとは異なっていた。

 その手足はシャキッと伸び、涼やかであった。

 パンツ一丁なのが妙にはまっている。


 曲調が変わる。

 蘭華のステップのテンポが上がる。

 繰り出された腕が引き戻されると同時に、蘭華の体が回転する。

 回転と同時に、ジャンプした蘭華の体から、正面のタカトめがけて足が繰り出された。

 まるでカンフーの旋風脚のように力強く、鋭い。


 タカトもまた変わる。

 腕を振って体をねじる。

 1,2,3,4

 大きくねじった体は、蘭華の鋭い蹴り足を、万命拳の『至恭至順』で受け流した。

 タカトの顔の上を蘭華の足が流れていく。

 その動きは、蘭華の足技と見事に合い、まるで演武をしているかのようにピタリと息があっていた。


 それもそのはずである。

 オオボラを探しに万命寺に赴くたびに、ガンエンにしごかれていたのである。

 万命拳であれば、そこそこみばのいい型になっていた。


 タカトの頭をかすめた足を、そのまま振り切った蘭華は、回転の終了とと共に着地し、フィニッシュのポーズを決めた。

 周囲の人々の大きな歓声が上がる。


 タカトもまた、『至恭至順』でよけた体を回す。

 そして、大きく深呼吸でフィニッシュ!

 ここまではよかった……


 プスゥ!


 パンツの巨乳アイドルアイナちゃんから、変な声が漏れた。

 後ろの観客たちが一斉に鼻をつまみ、手を振り出した。

 ブーイングが上がる。


 観客の歓声から、蘭華の圧倒的勝利で間違いないようである。


 しかし、立ち上がった蘭華は、少し悔しそうな目でタカトを見つめていた。

 自分の圧倒的勝利を確信していたにもかかわらず、意外にも健闘したタカト。

 最後のアイナちゃんの協力がなければ、辛勝だったかもしれない……

 勝負ごとに純粋な蘭華は、悔しいながらも、その事実を受け止めた。


 蘭華は、横に置いてあったタカトの服を投げて返す。


「これは返してあげるわ!」


 そして振り返ると、タカトのカバンを蘭菊に放り投げ、走っていった。

「待ってよぉ~」

 蘭菊は急いで後を追った。


 残されたタカトは、投げ返された服を見つめる。その目が、徐々ににやけてくる。


 ――俺は輝いていたのか……


 薄ら笑いを浮かべるタカトは、何かに納得したように空を見上げると目をつぶった。

 そして、静かに腕を天に高らかと掲げると、叫んだ。


「俺はスターだぁ!!!」


 そんなタカトに、テープではなく、ごみが飛ぶ。


「うるさい!早く服を着ろ!」

「この変態!」

 周りから次々とヤジが飛んだ。


 だが一人のオッサンのタカトを見る目だけは違っていた。

 この男こそ風俗界の伝説の男!

 いや、ただの酒癖の超悪い男として名を馳せていたフーぞくテンの寅さんこと寅次郎だったのである

 ダボシャツの上にダサい腹巻、つまみ帽をかぶった頭からは見たこともないお守りをかけているその姿は確かにダサイ。

 だが、かつてはすらりとしたいい女だったのである。

 まぁ、俗にいうオカマというやつだ!

 だが、そのたぐいまれなるスカウトの才能で、かつては非合法の地下闘技場のオーナーを務めたほどなのである。

 彼? 彼女? まぁとにかく寅次郎がスカウトしてきた奴隷は連戦連勝!

 ついには闘技場で稼いだ金で奴隷の身分から抜け出したほどなのだ。

 自らの力だけで奴隷の身分から抜け出したのは後にも先にもこの勇者だけである。

 その伝説の奴隷の名はゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフ……あれ、どこかで聞いたことがあるような……

 それもそのはず、その名前はピンクのオッサンがピンクになる前の名前。

 そう、ピンクのオッサンはかつて地下闘技場で戦っていたのである。

 だが、そんな地下闘技場のオーナー業も何やかんやで第八の騎士セレスティーノにミソをつけられてあえなく終了。

 この辺りのいきさつは、短編に書いているので読んでみてね!

 で、無職になったこの寅さんは、風俗店を転々とする。

 最初はオカマを売りに自らが店に出ていたのであるが……無理がたたって腰ではなくてお尻を痛めた。

 今ではパンツにミソがつく始末……だから、日々、コンビニに替えのパンツを買いに走らないといけないのである。

 そんなことはいいのだ。大した問題ではない。

 そのご、人の才能を見出すことに長けた寅次郎は風俗店のスカウトを始めたのである。

 寅次郎が見つけてくる女の子はどれも男受けが良かった。

 というのも、多少、器量が悪くとも寅次郎が徹底的にテクニックを叩き込んでいたのである。

「なんでダブルなんだい! トリプルルッツルツルはこうだよ!」

 酒を飲みながら指導する寅次郎はまさにトラになっていた。

「そんなのではお登勢に勝てないよ!」

 ガルルルル!

 もう、女の子を再起不能になるまで徹底的にしごきあげるその指導方法によってスカウトの仕事は次第に減っていったのだった。

 そして、いつしか寅次郎は酒場で酒を飲んでトラになるだけのオッサンになっていたのである。

 そんな寅次郎が久しぶりに目を輝かせていたのだ。 

 ――あの兄ちゃんはきっと大物スターになるにちがいない!

 ってことは……タカトは風俗界の大スターになるのかな?。

 って、アイドルじゃないのかよ!

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