第151話 悲しみの先へ(1)

「融合加工でどうにか救えないかな……」

「無理じゃな! 知っとるじゃろが! 第三世代の融合加工には触媒がいるのを。しかも、第三世代だと魔物組織と混ざるため人魔症の発症リスクがあるじゃろが!」


 権蔵はびしょびしょになったお椀をひょいっととると、流しの中に突っ込んだ。

 机の上には、丸い水の跡が無念そうに残っている。


「第一世代の技術でやるんだよ!」

「はぁ、馬鹿か! そんなことはできんぞ」


 手拭いをもって机を拭こうとしていた権蔵が、あきれてその手を止めた。

 しかし、背もたれの上のタカトの目は、笑いながら、権蔵を上目使いで見つめている。

 何かすごい考えがあるのだろうか?

 しかし、びしょびしょのタカトの姿が、その威風を半減させた。

 なんか……ここぞと言うときに締まらない残念な男である。


「俺にアイデアがあるんだよ。魔物組織で、神経と血管を繋ぎ元の感覚を取り戻す」

「神経の結合など神民病院でもないとできんわい!」


 すでに机をふくことを忘れてしまった権蔵は、手拭いを持つ手を腰にやり、タカトを馬鹿にしたように見下している。


「魔物のなかには自己再生能力の高いやつがいるだろ。こいつらは神経の再生、結合も容易に行うはずなんだよ。この特性を使えばいけんじゃね?」

「しかし、あの胸の弾力はどうするんじゃ」

「そこが悩みどころなんだ。魔物の組織では固すぎてね……」


 そこにスライムのタマがタカト右腕からするりと降りて、机の上に飛び乗った。お椀の水の跡が何かに導かれるようにタマにスーッと吸い取られた。

 タマは机の上で伸びあがったかと思うと、体をプルンと揺らし、自らの体を差し出した。


「タマ、自分の体を使えというのか。確かにこの弾力なら問題ないな」

 タマの体をワシワシとまるで胸をもむように触るタカト。

 ほんのりとタマが赤色になったような気がしなくもない。


「しかし、それだとしても道具やら、魔物の素材、それに薬やらいろいろいるな」

「道具ってなんだよ」

「このどアホ! 道具屋ののこぎりでエメラルダ様を切り刻むつもりか?」


「手術道具なら、ある程度はわしのところにある」

 いつの間にか厨房に入ってきたガンエンが振り返ったタカトにウインクをする。

 一瞬、寒気に教われるタカト。

 驚いた権蔵はガンエンを見る。

 ガンエンは、今だ目を覚まさないミーアの様子を見てきたところのようである。

 タカトをからかったガンエンは、まじめに答え始めた。

 ガンエンは、手術で必要なものをおおざっぱに思い浮かべる。

「しかし、これだけ大掛かりだと抗生剤など足りないものが多いのお……」

「俺が考えている融合加工でも足りない素材がいっぱいあるんだ」

「一体いくらかかるというんじゃ」


「ジャーン! じいちゃん、じいちゃん、大金貨3枚なら、ここにあるんですよ!」

 タカトは不敵に微笑みながら、濡れたズボンのポケットの中から大金貨三枚を取り出し、権蔵に見せつけるかのように手の指で広げた。


「こんな大金! お前これをどうしたんじゃ!」

 驚く権蔵。

 タカトは、今までの経緯を話しオオボラにもらったことを説明する。ただし、ガメルのくだりは、権蔵に知られるとめちゃくちゃ怒られそうなので適当に省いたようである。


「よしわかった、それぞれ必要な物をここに書き出せ、わしがそろえてやる」

 鼻息を荒くする権蔵は、側にあった古紙を机の上に広げた。

 しかし、癖がついた紙がくるくると丸く巻き戻っていく。

 それを、タマがちょこんと飛び乗り押さえこんだ。


 温泉で体を洗うエメラルダはうつむいていた。頭から垂れる金色の髪が水をたらしながらエメラルダの顔を隠している。

 何度も何度も体を洗ったのだろうか、エメラルダの白い肌は真っ赤になっていた。

 自分の体を抱きしめ小さく震えている。

 水を滴らせる長い髪の間からのぞく目もまた赤く充血していた。

 そして、何かを洗い流すかのように、湯を何度も何度も頭の上からかぶる。

 流れ落ちる湯と共にエメラルダの涙も流れ落ちていった。

 他に誰もいない湯殿にエメラルダの嗚咽が溢れ続けた。


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