第473話 ゴリラがいます(2)

 確かにリンが、目の前のゴリラの魔人を潰すのは簡単である。

 魔人世界は力が正義。

 奴隷だろうが、魔人よりも強ければ殺すことも許される。

 だが、ココは魔物バトルのスタジアム。

 レース以外での殺し合いは、主催者の判断で決まるのだ。

 今回のレースの主催者はハトネン。

 ハトネンはいい加減のように見えても、遊びごとには真剣なのである。

 遊び人のハトさんと言われるゆえんである。

 そのハトネンは、自分のレースを邪魔されるのが大嫌いなのだ。

 要は、自分のレース以外のところで盛り上がるのが許せないのである。

 したがって、ハトネンが主催するレース中はスタジアム内での争い事は、超ご法度なのだ。

 やるなら外でやれ!

 レースの興奮が冷める!

 邪魔をするな!

 ミーアを探しに魔物バトルの会場に足しげく通うリンも、そのハトネンのルールは心得ている。

 今、ゴリラを殺せばミーキアンとハトネンの関係がこじれてしまうことは確実なのだ。


 そこで、リンは考えた。

 そして、ありったけの大声で叫んだのだ。

「スルボマ様ァァァァァァ! ここにライオガルを邪魔したやつらがいますよぉぉぉぉぉぉぉ!」

 スルボマが、ゆっくりと背後へと振り向くと、リンが叫けぶ観客席の上段に目をやった。

「リン! なんだっていうんだい!」

 しかし、そこにはリンとエメラルダ、そしてビン子の姿しかなかった。

 リンの言葉を聞くや否や、ゴリラの三兄弟はテッシーを抱えてスタジアムの外へと猛然とダッシュしていたのだ。

 リンの言葉が終わった頃には、その姿は観客席にはすでになかった。

 それは、仕方のないこと。

 もし、スルボマが所有するライオガルの邪魔をしたとバレたら、確実にスルボマの追手がかかり、ゴリラ三兄弟の命はないのだ。

 いや、スルボマに限らない。

 グレストールの飼い主であるシウボマであったとしても同じことである。

 そのためにわざわざ証拠の残らない水弾を使っているのだ。

 だが、そのカラクリもバレた。

 それをスルボマにチクられたら、一巻の終わりである。

 そう考えると、面が割れる前にとんずらをしたゴリラたちは賢いと言えるだろう。


 だが、リンは当然ながら事の次第をスルボマにチクった。

「ここにいる3人のゴリラの魔人たちが、不正を行ってライオガルの邪魔をしていたんですぅぅうぅぅ!」

「あぁ? よくきこえないよぉ!」

 スルボマにはスタジアムから沸き起こる歓声で、リンの声がよく聞こえないようである。

 リンは手を口に当ててもう一度叫んだ!

 渾身の力を込めて!

「だから、ここに三人のゴリラがいたんですぅぅうぅぅ!」

 スルボマは、リンの横のいるビン子とエメラルダを見た。

 ――あぁ……あの娘たち、人間のように見えるけどゴリラなのかい……で、だから何?

 意味がよく分からなかった。

 しかし、ビン子の勘はなぜか今、自分が人でないモノのように見られたような気がした。

 というか、あなた……何度も言いますが、神様ですからね! お忘れなく!


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