第170話 燃える万命寺(6)
ガンエンが寺の門を潜り抜けると、万命寺の僧たちが、急いで、その門を閉じた。
古めかしい重厚な木造の門に、太いかんぬきがかけられる。
いつもは、アクビをしながら境内の掃き掃除などをしているふ抜けた僧たちが、日頃見せない精悍な表情で、さっそうと動く。
これが本来の彼らの姿なのであろうか。怖じ気づくどころか、ますます意気盛んであった。
ガンエンはコウエンの姿を慌ただしい境内の中で探し叫んだ。
「コウエン! 皆を連れ小門へと逃げ込め!」
「それでは、ガンエンさまが!」
「ワシは大丈夫じゃ! 皆を頼む!」
ガンエンはコウエンの背中を力強くたたく。
よろめくコウエン。
コウエンは、うなずき、万命寺の井戸の中へとスラムの住人たちを誘導し始めた。
井戸の中には、側道があり、万命寺の外の裏の山へと抜けていた。
この抜け道は、万命寺でも、一部の僧たちしか知らない。部外者のオオボラなどは、なおさら知るよしもなかった。
しかし、井戸へは、一人ずつしか降りられぬ。スラムの住人たちを全て下ろすためには、どれだけの時間がかかるのであろうか。
コウエンは、焦る気持ちを押さえつけ、一人、また、一人と確実に下ろしていく。
その様子を伺うガンエンは、走り回る僧たちに命じる。
「門の後ろに、重そうなものを積み上げろ!この際、何でもいい!早くしろ!」
ガンエンもまた、遅々と進まぬ退却に焦りを感じ、今できる門の補強を命じたのであった。
さて、これでいかほど持つか……
あわただしく指示をするガンエンのもとにエメラルダが駆け寄ってくる。
「私が出ていけば済むことです」
「あやつらにエメラルダさまを差し出すわけにはまいりません」
門の補強に忙しそうなガンエンは、エメラルダと目を合わせることもなく、その提案を全く取り合おうともしなかった。
エメラルダには、ガンエンが拒否することは分かっていた。
しかし、はい! そうですかと引き下がるわけにはいかない。
今、自分が持ち込んだ厄介事で、万命寺の皆を危険に晒している。
第6駐屯地の全滅、元神民たちの人魔収容所への連行など、もうこれ以上、自分のせいで人々が傷つくことに耐えられなかった。
エメラルダは意を決したかのように、寺の門へと力強く歩き出した。
「ならば、私が勝手に出ていきます」
その様子を見ながらガンエンは困った表情を浮かべた。
「そうでございますか、それでは、ご無礼をお許しください」
ガンエンはエメラルダの背後から、その首すじに鋭い手刀を叩き込む。
エメラルダの美しい瞳が、白目をむいたと思うと、その体は力なく崩れ落ちていった。
気を失ったエメラルダをかけつけたミーアがとっさに抱き支えた。
「申し訳ございませんな。しかし、ここでエメラルダ様に死なれたら、第七や第六の仲間たちになんと申し開きしたらいいのか」
ガンエンは、ため息をつく。
そして、目の前のミーアに命令する。
「エメラルダ様を連れて、早く小門へ逃げ込め、小門の中には権蔵がおる」
しかし、ミーアは、困惑の表情を浮かべる。
「私はミーキアン様の神民だ!だから小門の中に入れない。小門の中へは誰か代わりを頼む……」
「そうだったな……」
ミーアが神民魔人であったことを思い出したガンエンは少々困った表情を浮かべていた。
コウエンは、スラムの住人の誘導で手が離せない。
万命寺の僧の一人に、エメラルダを運ばせるか。いや、今は屈強な僧は、貴重な戦力。一人でも欠くのは、痛手である。
誰かいないものか……
タカトがガンエンに叩かれた頭をこすりながらやってきた。
その様子を心配そうに見ながらビン子もついてきた。
ガンエンは思う。
ここにいたじゃないか!
小門に入れて、戦力として全く期待できず、とりあえず動くことだけはできるやつ。
ガンエンは、ニヤリと笑う。
「タカトや、お前がエメラルダ様を小門に連れていけ!」
「いや、俺は、オオボラをどつかにゃならんし!」
「お前には無理じゃ! エメラルダ様のことに専念しろ!」
ガンエンは、脅すかのように手刀を頭上に構えた。
咄嗟に頭を手で防御するタカト。
返答いかんによっては、その手刀が、また頭上に落ちてくるのであろう。
「うぐぅ、分かったよ……」
頭を抱えたタカトは上目遣いでしぶしぶ答えた。
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