第284話 カレエーナちゃん


 コウスケは、カルロス達のところに急いで駆け戻ってきていた。


「カルロスさま! ビン子さんがさらわれました。ついでにタカトも行方不明です!」


「なんだと!」


 慌てたカルロスはコウスケが駆け戻ってきた廊下の先を睨みつけた。


 確かに、タカトとビン子の姿がない。

 ――どうする……


 カルロスの目には、不安な表情を浮かべる収容者たちの姿が映った。

 ――この者たちを無事に外に連れ出さなけらばならぬのに……


 だがかといって、あの二人には恩義がある。

 そんな二人をこのまま見捨てるわけにもいかない。

 というか、そもそもそんな事、カルロスにできるはずもなかった。


 カルロスは大声を上げた。

「大体、あの二人はどこに行ったのだぁ!」


 その剣幕に押されたコウスケは姿勢をピンと正した。

「タカトは全くもって行方が分かりませんが、ビン子さんは地下室へ連れていかれました」


「地下室か……」

 いやな予感しかしないカルロスは苦虫をつぶしたような表情を浮かべた。

 というのも先ほどから守備兵とは違う異形のモノが、この建物の中を跋扈しているではないか。


 ――ココは一体な何なのだ!

 人魔収容所とは名ばかり。

 それを隠れ蓑として何やら怪しいことをしているのことは間違いなかった。


 そもそも、人魔収容所に収容される人間たちは人魔症にかかっているとされている。

 そのため、街の人々は連れていたかれた人たちは収容所内で人魔症を発症していると当然思っていたのだ。

 神民でない人間は血液洗浄を受けることができないのから当たり前の事である。


 となれば、収容された人間は二度と外の町へは出ることなどできはしない。

 いや、街の人間からしても外に出てきてほしいなどと思っていないのである。


 だからこそ、収容所内に人間を連れ込んでしまえば、その後のことなど誰も気にしないのだ。

 これほど人間という存在を喪失させることが簡単な方法はないだろう。


 カルロスはピンクのおっさんに目を配った。

「ゴンカレエどの、ワシは、あの少年たちを救出に行きたいのだが……後のことは頼めるか……」


 しかし、ゴンカレエ、いや、カレエーナもといピンクのオッサンは、何も答えない。

 それどころかカルロス問いかけに対して全く聞こえないふり、いや、完全に無視を決め込んでいた。


 カルロスは少々困った顔をした。

「ゴンカレエ殿……どうだろうか……」


 再びカルロスが尋ねるが、それでもピンクのオッサンはぷいっと横を向いたままである。

 一体どうしたのだろうか?


 少々訝しがるコウスケが、ピンクのおっさんにそれとなく声をかけた。

「師匠……カルロス様が頼んでますよ……」

 あまりにもカルロスの表情が固く落ち込んでいるように見えたため、助け舟を出したようである。


 だが、ピンクのおっさんから返ってきた言葉は意外なもの。

「えっ⁉ 誰の事? ワタジ、分からないわ?」

 わざとらしく、あたりをきょろきょろと見まわしている始末。


 ――そういう事か……はぁ……

 ため息をついたカルロスは言い直した。

「カレエーナ殿、どうだろうか?」


「殿はいや! カレエーナ『ちゃん』と言って!」


 ……

 固まるカルロスとコウスケ。

 ――女って、超めんどい~!

 と、二人は思っていたことだろう。


 うん? 女でいいのか?

 いいんじゃない!


 だが今は、そんな事にこだわっている時間はないのだ。

 カルロスは覚悟を決めて言葉を絞り出す。

 どもりながらであるが、何とか言葉をつないでいった。


「カ・カ・カ・カレエーナち・ちゃん……どうであろうか?」

 カルロスの口角がぴくぴくと震えていたのをコウスケだけが知っていた。


「そうねぇ。でも、ワタジ一人だけでは、この人たち守り切る自信ないわよ!」

 ピンクのオッサンが後ろを伺いながらつぶやいた。

 そこには貯蔵室からともに逃げ出した収容者たちが、まだ5人ほど残っていたのである。


 度重なる異形のモノの襲撃により、当初20人ほどいた収容者も5人まで数を減らしていた。

 いかにカルロスとピンクのオッサンが手練れといえども、全ての収容者を守りながらと言うのは、なかなかのムリゲーだったようである。


「では……いかがする、カレエーナち……ちゃん」

 まだ少々抵抗があるカルロスであった。


「ぞうね……ワタジもカルロスちゃんと一緒に行くわ!」

「しかし、それでは、後ろの者たちも巻き込んでしなうではないか?」


「じかたないでじょ! ワタジにとってゼレスディーノ様以は、あまり興味ないし!」

 って、そんな問題ですか?


 かつて地下闘技場で戦ってきたピンクのオッサンにとって、自分の命は自分で守る。

 それは至極当たり前の事であった。

 自分の腕一本で過酷な戦いを生き抜いてきたピンクのオッサンにしか言えないことだろう。


 収容者たちは、ピンクのオッサンの冷たい一言に互いの顔を見合わせていた。

 どうしよう?

 自分たちだけで逃げられるだろうか?

 そんな不安が顔に浮かんでいるのが一目瞭然。


 この屈強なカルロスとピンクのオッサンたちと離れて、貧弱な自分たちだけで無事に収容所の外へと出られるとは全く思えなかった。

 ならば、二人が地下に行くというのであれば、一緒に行った方がまだ生存確率は高いのではないだろうか。


 そんな思いからなのか、収容者たちの口からはおのずと言葉が発せられた。

「俺たちもついていきます」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る