第86話 小門と言う名のダンジョン(6)

「どっちに行けばいいのか知っているのか?」

「いや」

「知らんのかい!」

「初めて入るのに、分かるわけないだろうが!」

「そりゃそうだ……」


 素直に納得するタカトであった。

 二人は、分かれ道のたびにじゃんけんで進むべき方向を決めた。


 最初はグー! ジャンポン!


 これでオオボラの5連勝である。

 彼らの後ろには白い矢印がいたるところに描かれていく。


 タカトの視界は開いているのにもかかわらず、その世界をだんだん認識できなくなってきていた。


 ――目の奥がなんだか痛い……


 時よりタカトを強い睡魔が襲う。

 背負うビン子を落とすまいと、顔を振り目を上に引き上げようとする。

 知らず知らずのうちにまぶたが落ちる。


 睡魔は、今始まったばかりではなかった。

 既に洞窟に入る前からタカトを襲っていたのであった。

 そのため、洞窟を目の前にしながらも、木の上で横になり、目を閉じたかったのである。

 しかし、オオボラはそれを許してくれなかった。

 というより、タカトが冗談ぽく言ったので伝わっていなかったのである。

 朝はあんなに元気だったタカトがいつから睡魔に憑かれたのであろうか。

 おそらく、ミズイに生気を吸われたときからなのだろう。

 生気を吸うということは、タカトの生気がなくなるということであった。

 神が若返るほどの生気を吸い取られたのである。

 おそらく常人であれば、即死であったであろう。


 いつの間にかタカトたちの横を、地下水の川が流れている。

 目の前の闇の中にうっすらとした光が見えてきた。

 たいまつを先にゆっくりと進む二人。


 洞穴を曲がると、そこには広いドームのようなところに出た。

 タカトたちの周囲をやわらかな緑の光りが包み込む。

 壁面には薄緑に発光するヒカリゴケが辺り一面に生えていた。

 ヒカリゴケの合間から見える岩肌が、その光を反射し光り輝いている。

 洞穴の中にいきなり現れた緑の天空に、無数の星々がきらめいていた。

 足を止め、天空を見渡すタカトとオオボラ。

 その幻想的な美しさに二人から感嘆の声とともに白い息が漏れた。


 その瞬間、睡魔に襲われたタカトの足が、ぬれた岩の上を滑った。


 タカトは、川へと滑り落ちていく。


「わっ! わっ! わっ! わっ! わっ! わぁーーーーーーーーー!」


 ビン子を落とすまいと体を左にひねる。

 岩の冷たいつるんとした感触の上を左肩が滑っていく。

 幸運にも、岩の下の大きなくぼみに尻もちをついて、その滑りを止めた。


「いてぇ!」


 ビン子を地面に落とすことはなかったため、けがはないようであった。

 しかし、尻もちをついた衝撃は、結構な物だったはずにもかかわらず、ビン子はまだ寝息を立てている。

 よほどビン子も眠たかったのだろうか。

 いや、その様子は、活動をおさえ冬眠をするリスのようであった。


 オオボラがタカトに手を差し伸べる。

「大丈夫か」

「あぁ、ちょっとふらついてな」

「少し休むか」

「悪い……ちょっと寝かせてくれ」


 タカトの眠気も、よほど限界だったのか、ビン子を側の大きな石に乗せると、その石にもたれて寝息を立てだした。


 オオボラは、ドームの周りを見渡す。

 緑の光に照らし出されたそのドームの天井はとてもとても高かった。

 ヒカリゴケが映える壁面は、鍾乳石のつるつるした表面と言うより、もっと硬質なガラスのような輝きを持っていた。

 そう、そこで何か大きな爆発でも起こったかのように、天井は大きくくりぬかれ、その爆風を受けた壁はガラス化していたのである。

 瞬時に理解した。

 ――爆心地があるはずだ……

 オオボラはドームの中心に向かって歩き始めた。

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