第201話 想いを掴むもの(4)

 セレスティーノの体が屋上に舞い降りたかと思うと、漆黒の甲冑が舞う。

 鋭い剣先が真音子の微笑みをかすめていく。

 一本の前髪が切れ落ちていく

 真音子は軽やかに後方に飛びかわした。


 ――この女! やるな!

 女相手ではセレスティーノの剣も今一踏み込みが甘いのか……

 ――肌艶、振る舞いからして80点以上で確定か!

 違った……こいつはやはりこちらが目的か。


 次々と繰り出される剣撃を、軽やかなステップで紙一重でかわしていく。

 ――さすがに手加減してではとらえられぬか……

 セレスティーノの剣筋は、真音子の直前で、ほんの少しであるがスピードを落としていた。上玉の女を傷つけたくない一心だと思うが。

 ――しかし、思った以上に素早いな……

「なぜ、戦わないのですか?」

 セレスティーノの鋭い刺突がまっすぐに伸びる。

 それを、背面にくるりと回り身をかわす真音子。

「あら、騎士様相手に戦ったところで無駄でございますわ」

 伸びた剣の上につま先を立てる真音子が笑った。


 セレスティーノの背後では、別の争いが始まていた。

 紙袋の男は、巨大なオオカミのスグルの口をわきに抱え押さえこんでいた。

「お嬢の邪魔をしてもらったら困りますなぁ」

「この変態野郎が! そこをどけ!」

「それはお互いさまでしょうが!」

 紙袋の男の膝蹴りがスグルの顎にヒットする。

 ガフっ!

 オオカミの口が舌を出したままのけぞった。

 しかし、オオカミは咄嗟に体勢を立て直すと、紙袋の男の腕に噛みついた。

 そして力任せに頭を振り切ると、紙袋の男の体は軽々と宙を舞った。

 しかし、その刹那、天空を舞う紙袋の男は、オオカミの頭上めがけて銀の棒を振り下ろした。

 カコーン!

 小気味のいい音が響き渡る。

 紙袋の男が、オタマでオオカミの頭をしばいたのである。

 オオカミは痛みに耐えかねて口を離した。

 頭を振るオオカミ

 紙袋の男もまた、左腕をだらりと下げる。

 白い割烹着が、みるみると赤く染まっていた。


「ほんまに口癖の悪いワン公やな! しつけのし直しやな!」

「それは、お互いさまでしょう! オタマは料理で使うもんや!」

「お嬢の母上、あねさんは、これでお嬢を教育しとったんや!」


 オタマを投げ捨てる紙袋の男

 ドスンと鈍い音ともに、オタマは屋上の屋根にめり込んだ

 このオタマ、そんじゃそこらのオタマではない。

 鋼鉄製の重いオタマであった。


「アホか! そんなんで教育しとったら、頭いかれてしまうわ!」

 ポンと手を打つ紙袋の男。

「そうか! それで、うちのお嬢、性格、あんなに悪なったんか!」

「いや……違うと思おうぞ」

 オオカミはあきれた。

 その瞬間、距離をとるオオカミめがけて、紙袋の男は何かを投げた。

 次々と飛来する鋭いフォーク。

 咄嗟によけるオオカミの足元に、フォークが次々と突き刺さっていく。


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