第328話

 そして、そのティアラの願いが、今、叶ったのである。

「タカト! 私の荒神の気を、あなたの神払の舞で払って!」

 ビン子を抱き起していたタカトは、ティアラを見つめた。

 ただ、その表情は、キョトンとしている。

 何を言っているのか、全く分からぬ様子。

「何それ……カミキリのマイマイ?」

 えっ?

 ティアラは、驚いた。

 何を言っているのだ?

 あなたはタカト……天塚タカト……神祓いの儀を執り行う天塚家の生き残り……

「タカト……あなた、もしかして、神祓いの舞を知らないとか……」

「バカにするな咳払いの舞ならできるわ!」

 と、いいながら、3回ぐるぐる回って。

「ゴホン!」

「咳払いじゃなくて、神祓いだから……」

 ビン子が仕方なく突っ込む。

 いつの間にか目から涙をこぼしているティアラが叫んだ。

「イブは黙っていて! いつもいつも、あなたばかりいい思いをして!」

 咄嗟にビン子はタカトの顔を伺い自分を指さした。

 えっ? イブって私の事?

 タカトは、白々しく手のひらをを肩の高さに広げて首を傾げた。

 さぁ?

「私は、どうしたらいいの。このままだと荒神になっちゃうじゃない! 私は何のために、耐えてきたのよ。私の生きた証も、記憶も全て消えるのよ……どうしたらいいの……」

「と、俺に言われてもなぁ……」

 涙がぼろぼろと溢れるティアラの瞳が、タカトをにらみつける。

 とても悔しそうに、いや、憎しみがこもっているようにも見えるほど、その視線は険しい。

「嘘つき! 俺が必ず、荒神の気を払ってやるって、約束したじゃない!」

 今度はタカトが、ビン子の顔を咄嗟に伺い、自分の顔を指さした。

 えっ? おれ、そんな約束した?

 ビン子は、白々しく手のひらをを肩の高さに広げて首を傾げた。

 さぁ?

「10年前、あなたは約束してくれた。だから、私は、神の恩恵を使ってあなたたちを10年先に飛ばしたのに……約束が違う……」

 ティアラは、手で顔を覆い、泣き崩れた。

 その手の間から、抑えられない涙が、こぼれ落ちていた。

 タカトは、頭をかく。

 といのも、どう考えても、自分の記憶の中にはティアラとの約束など存在しないのだ。

 10年前と言えば、タカトの家族が獅子の顔をした片腕の魔人に襲われ、母により崖からつき落とされた頃か。

 と言うことは、その時のタカトは5歳ほど。今の16歳のタカトとは違い、とても可愛らしい男の子である。その男の子を見て、今のタカトを見たら、とても同一人物などとは思えない。どこをどう間違えると、あんな素直そうな男の子が、こんなひねくれた青年になるというのだろうか。

 それどころか、もっと重要なことがあった。

 幼いタカトは、舞など踊ったことが無いのである。

 確かに、記憶の中の父は舞っていた。

 だが、タカト自身は、庭で姉のカエデと共に泥遊びをしていただけで、舞の稽古などしたことが無いのである。

 まして、父が舞っていた舞が、神払の舞であるかどうかも知らない。

 もう、何が何だか分からない。

 ただ、目の前の女が泣いている。

 絶望にとらわれ、泣いている。

 それだけは、事実であった。


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