第165話 燃える万命寺(1)
オオボラはアルダインが待つ謁見の間に向かって一人歩いていた。
――いかなる用であろうか?
ガメル襲来の責任をとれと言われるのであろうか、それとも、その際にアルテラを危険にさらしたことを叱責されるのであろうか。
歩きながら、アルダインの言葉に対する回答を事前に準備をし始めた。
扉を開けるオオボラ。
いつも通りアルダインが大きな椅子に座って肘をついていた。
その傍らには、いつもに増して厳しい表情のネルが立っている。
「オオボラ、参上いたしました」
いつもと違うのは、アルダインの前で膝まづくオオボラの横に、一人の女性が同じように膝まづいていたことである。
頭を下げるオオボラは、それとなく隣の女を伺った。
膝まづく体は、豊満な胸を余すことなく垂らし、目の前のネルに引けを取らない美しい体のラインを描いていた。
その透き通るような白い肌から、妖艶な紫色の長い髪が垂れ、床に美しい幾本もの川を描いていた。
その髪の間から、怪しく輝く赤い目が美しく覗いていた。
しかし、その美しい切れ長の赤い目は、どことなく冷たさを醸し出していた。いや、冷たいというより、恐怖と言った方がいいのかもしれない。
その赤い目に、オオボラは瞬時に判断する。
――この女には絶対に近づいてはいけない……
顔をとっさに戻したオオボラは、アルダインに問うた。
「アルダイン様、いかなる御用でしょうか?」
アルダインは、何も答えない。
「このソフィアが、第六の元神民たちの中で人魔狩りを行い、魔血を浴びた元神民たちが散り散りになってしまいました」
ネルはソフィアを冷たく見下す。
「申し訳ございません……」
ソフィアは頭を下げたまま詫びる。
ネルがいつになく感情的になっている。
「謝って済む問題ではない!」
「人魔発生の噂を聞きつけ現場に急行いたしましたが、時、既に遅く……」
ソフィアはうつむいたまま言い訳をする。
ネルはさらに問い詰める。
「それで、人ごみの中で人魔の首をはねたというのか!」
「申し訳ございません。それが一番被害を食い止める方法と考えましたので……」
「どれだけの者が、感染したと思っているのだ!」
「返り血を浴びたものは、即座に人魔収容所に収容いたしました……」
「あの守備兵の配置、あらかじめ人魔の首をはねるつもりであったのであろうが!」
ネルは人魔収容所の守備兵のほとんどが、現場に駆り出され、返り血を浴びたものの収容作業に当たらされていたことを調べつくしていた。
オオボラはうつむくソフィアの唇が強く噛みしめられるのを見逃さなかった。
「決してそういわけではありません。ただ、人が多数集まるので念には念を入れてというわけでございます……信じてください!アルダイン様!」
ソフィアが涙をいっぱいにためた赤い目でアルダインに訴える。
アルダインは時間がもったいないかのように、話を切り上げようとした。
「もうよい……ソフィア。下がっていつものところで待っておれ」
「御意」
ソフィアは、すっと立ち上がり、背後のドアへと身を翻す。
それをとっさに止めようとするネル。
「アルダイン様、それでは、他の者に示しがつきません」
「ワシがもうよいと言っているのだ!」
声を荒らげるアルダイン。
「申し訳ございません」
ネルは目をつぶり頭を下げた。
アルダインたちに背を向けたソフィアの美しい左の赤い目がネルを馬鹿にしたようにいやらしく笑う。
その引き上げられた口角とともに泣きぼくろが微かに歪んだ。
それを伺ったオオボラは、背筋に寒気が走ったのを感じた。
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